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Page:KōgaSaburō-A Doll-Tōhō-1956.djvu/8

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 妖婆のような男は死休には最早一瞥も呉れず、さつさと停留所の方に歩き出した。



「さあ、上り給え」

 手ママ太はあつけに取られている蓑島に事もなげに云つた。

 手ママ太と云うのは蓑島を誘つた怪しい小男の名だが、彼は停留所の近くに来ると、折柄走つて来たタキママシイを止めて蓑島を招き入れて、どこともなく急がした。その自動車の中で、蓑島は彼の名を聞いたのだつた。

 蓑島は手と名乗る男の奇怪な振舞いと、気味の悪い容貌とに少なからず危惧の念を抱いていたけれども、彼の持つている一種の魅惑的な威力に打ち克つ事が出来ず、渋々彼と行動を共にしない訳に行かなかつた。やがて自動車はとある大きな家の前に止つたが、それが手の家と思いきや、彼は玄関の呼鈴を鳴らして、おずと出て来た取次の女中に横柄な態度で、

「主人は留守だろう」

 と云つた。そして女中が怪訝な顔をしながら、

「はい」

 と答える睱もなく、ツカと玄関に踏み込んで、さて、蓑島に向つて、

「さあ、上り給え」と云つたのである。

 簑島は彼の乱暴さにあきれたが、それよりも驚いたのは女中である。

「あの、どなた様でございますか。只今奥さまもお留守なんですけれども」

「奥さんは店の方だろう」彼は平気だつた。

「いゝえ、伊豆の方に行つてらつしやいます」

「そうか。店の者は誰もいないかい」

「はい、私と婆やだけです」

「それは好都合だ。鳥渡調べたい事があるのだから、主人の居間に通して呉れ」

 そう云つて、彼はもう女中などは尻目にもかけず、勝手を知つた家のように、ドン奥に這入つて行くのだつた。

 簑島も何の事だか分らぬなりに度胸を極ママめて、彼の後に従つた。女中は警察官とでも感違いをしたのか、強いて止めようとはせず、只茫然としていた。