Page:KōgaSaburō-A Doll-Tōhō-1956.djvu/14

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つたけれども、昨夜遅く柏木の留守宅に怪しい二人の人物が乗込んで、同家の女中と二三問答して悠々と引上げたので、警視庁では目下厳探中と云う記事だつた。

 蓑島は食事も碌に喉に通らず、その日一日を鬱々として送つたのだつた。

 その翌日は幸に休日だつたので、簑島は頭が痛いと称して、――実際に痛かつたのだが―― 矢張朝遅くまで床の中にいた。そうして恐々枕許の新聞を開いて見ると、忽ち眼を打つたの は、

 宝石商殺しの犯人捕わる。

 と云う大きな活字だつた。

 蓑島は惹き入れられるように読み耽つたが、それは先晩来の出来事に輪をかけた様な奇怪事だつた。


 宝石商殺しの犯人は其筋の手に入つた指紋によつて、人相姓名判明し、厳探中だつたが、 昨夕かねて手配中の友人の所に立寄つたのを捕縛する事が出来た。彼は亀津文󠄁六と云う強窃盗前科三犯の強か者で、訊問を受けると、神妙に罪状を告白した。然し、彼の意外な白状には係官は些か驚かされたのだつた。

 彼の申立てる所は次のようだつた。

 私が宝石商の柏木金之助を殺したのに相違ありません。実は私は三四日前の晩に、柏木の家に窃盗の目的で忍び込んだのです。所が柏木と云う男は油断のない男で、いつの間にやら私の忍び込んだのを嗅ぎつけ、あべこべに私を短銃で脅かしました。そうして云いますには、

「俺の云う事を聞けばよし、さもなければ即座に告発するぞ」と脅かすのです。

 私は場合が場合ですから、仕方がありません。

「どんな事でもいたしますから、どうぞお許し下さい」と涙を流さんばかりに申しますと、

「宜しい、それでは白石新一郎の所へ忍び込め」と云うのです。

「えッ、あっしにその白石とか云う家に忍び込んで、何か盗めと云うのですか」あつけに取られた私がこう云いますと、

「いゝや、何にも盗らなくても好いのだ。一度忍び込んで、そのまゝ出て来れば好いのだ。兎に角、盗人が這入つたと云う形跡だけを残して来れば好いのだ」とこう云うのです。

 私には何が何やら訳が分りませんでしたけれども、兎に角その通りにしなくては、警察へ突