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Page:Iki-no-Kozo.djvu/83

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云つてゐる。うすもののモテイーフは屢々浮󠄃世繪にも見られる。さうしてこの場合、「いき」の質料因と形相因との關係が、うすものの透󠄃かしによる異性への通󠄃路開放と、うすものの覆ひによる通󠄃路封鎖として表現されてゐる。メデイチのヴエヌスは裸體に加へた兩手の位置によつて特に媚態を言表してゐるが、言表の仕方が餘りにあからさまに過󠄃ぎて「いき」とは云へない。また、巴里のルヴューに見る裸體が「いき」に對して何らの關心をももつてゐないことは云ふ迄もない。

 「いき」な姿󠄄としては湯上り姿󠄄もある。裸體を囘想として近󠄃接の過󠄃去にもち、あつさりした浴衣を無造󠄃作に着てゐるところに、媚態とその形相因とが表現を完うしてゐる。『いつも立寄る湯歸