Page:Iki-no-Kozo.djvu/79

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のではないかといふ問題は極めて興味ある問題であるが、今はその問題には觸れずに、單に便宜上、通󠄃俗の考へ方に從つて自然形式と藝術󠄃形式との二つに分󠄃けて見る。先づ自然形式としての表現に就て考へて見よう。自然形式と云へば、いはゆる「象徵󠄃的感情󠄃移入」の形で自然界に自然象徵󠄃を見る場合、例へば柳や小雨を「いき」と感ずる如き場合をも意味し得るが、茲では特に「本來的感情󠄃移入」の範圍に屬する身體的發表を自然形式と考へて置く。

 身體的發表としての「いき」の自然形式は、聽覺としては先づ言葉づかひ、卽ちものの言振りに表はれる。『男へ對しそのものいひは、あまえずして色氣あり』とか『言の葉草も野暮ならぬ』