Page:Iki-no-Kozo.djvu/135

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他の各音󠄃は實際にあつては理論と必ずしも一致しない。理論的關係に對して多少の差異を示してゐる。卽ち理想體に對して一定の變位を來たしてゐる。さうして「いき」は正にこの變位の或る度合に依存するものであつて、變位が小に過󠄃ぐれば「上品」の感を生じ、大に過󠄃ぐれば「下品」の感を生ずる。例へば、上行して盤涉より壹越を經て平󠄃調に至る旋律にあつて、實際上の壹越は理論上の高さよりも稍低いのである。且つその變位の程度は長唄に於ては左程大でないが、淸元および歌澤に於ては四分の三全󠄃音󠄃にも及ぶことがあり、野卑な端唄などにては一全󠄃音󠄃を越えることがある。また同じ長唄だけに就て云へば、物語體のところにはこの變位少なく、「いき」な箇所には變位が大である。