キガ如シト雖トモ、獨リ十勝國ハ沃野綿亘多望ノ地タルニモ拘ラズ、之ヲ研究シテ廣ク傳フルノ書アルナク、且本地ノ土人ハ內地人ニ接スル極メテ少ナキヲ以テ、未ダ能ク邦語ヲ解セザルモノアルヲ免レズ、故ニ今之ヲ天地、人事、身体、飮食、物名、動植物、數、雜事ノ八門ニ分テ其梗槪ヲ示スヘシト雖トモ、其間自ラ土人界一般ニ通スルノ語亦少カラサル可シ、ソハ之ヲ敢テセザレハ、實際上不都合ヲ釀スルアルヲ以テナリ、觀者乞フ之ヲ亮セヨ
明治庚寅、寒風颯々肌ヲ裂キ、將ニ衣ヲ重子ントスルノ交、遠ク北天ヲ望テ往時ヲ回顧シツヽ、東京客舍ニ於テ
北海道土人通語
近頃は世間何となく、北海道〳〵と心を北海道に寄するもの、日に多きを加ふるが如く、北海道も亦內地人を待つ事漸次周到の勢あり、而して石狩、北見、十勝の諸國は、北海道中の曠原沃野にして、開墾に、牧畜に、養蠶に何れも能く適合せる事は、北海道通の能く知る所たり、今此原野に於て、開墾し、牧畜し、養蠶せんと欲する者あるも所謂「アイノ」(土人)の通語を解する事能はざれば、大に困難し又差支を生することもあらん、從來此の諸國の土人は語音相似て、日高國沙流郡〈仝郡平取村は土人の都府と稱し〉