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順に生れて来る子供に、長男に感じた程の強さではなかつたにしろ、やはり何か空恐しいものを覚えずにゐるわけにはいかなかつた。そして時々少しづつ背丈の伸びて行く子供等を眺めながら、自分が大罪人のやうに思はれて激しい悔いに襲はれ、何もかもを以前に、結婚しなかつた昔に引き戻すことは出来ないものかと身もだえた。そしてそれが全然不可抗なことだと知ると、いつそ子供も妻も一人一人殺してしまひたいやうな衝動が突き上つて来たりして、彼は自分の心にぞつとするのであつた。さういふ時彼は本能的に病気の遺伝を信じてゐるのだつたが、ふと、自分の病気は伝染病であつたのだと思ふことによつて、僅かな安堵を発見した。しかし伝染病だと思つた刹那、彼は我が子との間にすら深い谷を感じた。ふゆ子を抱き上げても、伝染うつるといふ感じが冷たく頭にひらめき、危く子供を取り落すほど腕の力が抜けた。

 最初に発病したのはふゆ子であつた。佐七の病気は神経型のためもあつたであらう、顎の紅斑が自家吸収されてからずつと自然治療の状態が続いて病勢は落着いてゐたのであつたが、ふゆ子が発病する前年から急に悪化し始め、僅かの間に十本の指は全部内側に向つて曲り込み、更に足の関節の自由をも失つてしまつた。そこで彼は佐吉が嫁をとる時になつて差しつかへるやうなことがあつてはと思ひ、ふゆ子を連れてここへ這入つて来たのであつた。彼女はその時十六、その秋から佐七は目白を捕へる楽しさを覚えた。

 佐七は、さながら生物のやうにびくッと義足を動かせた。かすかな声ではあつたが、たしかに目白の声に相違なかつた。林のずつと向う、かなり遠くからさへづりながら近寄つて来るらしい小鳥の姿が、早くも彼の頭に描かれ、彼は身構へるやうに上体を真直ぐにし、耳を澄ませた。囮の鳥は急に鮮かな丸味を声にもたせて、高音たかねを続け、近寄つて来る仲間を呼ぶのであつた。ぱッと停り木を蹴りつけて飛び立つと、逆さまに天井に足をかけてぶら下り、再びさつと翼を羽ばたくと見事な宙返りを打つて停り木に立つた。さういふことを続けざまに繰り返すと、急に胸を立て、小さな足をふんばつてチイッと囀り、また籠の中をあちこちと忙しげに飛び移つた。佐七は自づと緊張し、今までの物思ひはどこかへ消えた。やがて声が間近に聴え出すと、佐七は眼を光らせながら重なり合つた枝々の間をすかして見たが、まだ鳥の姿は見当らない。息をつめ、体を硬くちぢめてなほもあたりに注意深い視線を送つて、彼は、固唾を呑む思ひである。

 その時背後にふと足音を聴き、邪魔されるといふ思ひで苦い顔を振り返つて見ると、ふゆ子がすぐ後に立つてゐた。

「お早う。どう、今日は?」

 と彼女は声を忍ばせて小さく言つた。

「うん。立つてちやいけない。そこへお坐り。」

 と佐七もささやくやうな声であつた。とたんに林の奥から、葉と葉の間をくぐつて来た一羽が、籠のぶら下つてゐる松の枝にとまるのが見えた。佐七はぐつと唾を呑んで、横に坐つたふゆ子に耳うちした。

「来たよ。」

 冬子は黙つたままその一羽に視線を向けたが、片方の手では膝の横の草をむしつてゐた。懐中にある弟から来た手紙が気にかかつて、彼女はじつと坐つてなどゐられないやうな気がしてゐた。

 枝にとまつた鳥は籠を怪しむやうに首を傾けてゐたが、急に飛び立つて二三間離れたかしの枝にとまり、またさつと身を泳がせて横の枝に移つたりしてゐたが、思ひ切つたやうにすうつと籠に乗つた。佐七はもう一心不乱であつた。そして、囮の鳥と籠の外の鳥とが、不意の邂逅に劇的な興奮を示して、内と外とで向ひ合つて接吻でもするやうにくちばしと喙とをつつき合つてゐるのを見ると、苛々とした待遠しさを覚え、それでも自然と口のあたりに微笑が浮き上つて来る。目白にはさして興味のないふゆ子は、毟り取つた草を膝の上で一本づつ揃へて見たりしてゐたが、それを投げ出すと、頭を上げて父の横顔を眺めた。細く突き出た顎には縮れた太い毛がまばらに生えて、それが少しも艷のないのを知ると、ふと父は枯れてしまふのではないかといふやうな不安が頭をかすめた。彼女は今までも乾性の病人を見る度に父を思ひ出して、父は毎日毎日少しづつ干からびて行き、終ひには血も膏も粉のやうに水気を失つてしまふやうな気がしてならなかつた。彼女は今更のやうに父の姿をしげしげと眺めながら、骨ばつた肩や脱肉した腕などが、何時もよりもずつと小型に見えるのを不思議に思つた。すると父がひどくあはれに思はれ出して、激しい愛着が湧き上つて来るのだつた。お父さんは不幸な人だわ、と彼女は心の中で呟き、そつと懐の手紙に触つて見て、この手紙を今父に見せるのは恐しいことだと思つた。父は夢中になつて籠から視線を外らさなかつた。恐らくは小鳥のことより他は何一つとして考へてゐないのであらう。彼女は病室にゐる兄のことを思ひ、また自分を考へ、この不幸な