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斬る。經淸も亦自ら安んぜず。のがれて賴時に歸す。賴時の族富忠とみたゞ、勇にして衆あり。賴義、勅旨を以てさとし、官軍に應ぜしむ。賴時も亦親往きて之を說く。賴義富忠をして兵をせて要擊せしめ、賴時誅せらる賴時を獲て、之を誅す。而れども貞任の軍猶張る。貞任魁傑くわいけつにして、善く兵を用ゐる。官軍しば利あらず。歲しきりに屬し糧食らず。天喜五年天喜五年、賴義、奏して兵食をちようせんことを請ふ。其十一月、自兵千八百を將ゐて、貞任を河碕かはさきに伐つ。大風雪に會ひて、人馬凍飢とうきす。貞任選兵せんぺい四千をて、鳥海の戰鳥海とのみに戰ひ、左右の翼をはなち、大に我が軍を敗る。我が軍餘る所僅に六なり。りよ、急に之れをかこむ。矢下ること雨の如し。賴義、義家みな馬を傷つく。從騎下りて之を授く。義家、藤原範明のりあき等と、縱橫に奮擊す。虜兵相いましめて曰く、「八幡太郎なり」と。遂に退き去る。

源兼長
【出羽守】兼長
賴義既に免れ、乃、奏すらく、「兵食の至らざる、遠近皆然り。且出羽守、臣と力をあはせず」と。是に於て、詔して出羽守をむ。新守至るも、亦敢て來りたすけず。貞任の勢ます張る。【新守】源齊賴
賴義の再從兄弟
經淸をして私符しふを以て官物をさしむ。令して曰く、「白符はくふを用ゐよ、赤符せきふを用ゐる勿れ」と。赤符は官符くわんぷなり。賴義、ますくるしむ。對守たいしゆせしこと數歲なり。