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Page:Hōbun Nihon Gaishi.pdf/1569

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超遷てうせん宜しく門地に拘るべからず。諸︀の僧︀官は宜しく濫授らんじゆすべからず。諸︀の朝士 の關白及び有司いうしに違ふ者︀、諸︀の浮屠ふとの妄に官達を冀ふ者︀は、皆宜しく流竄るざんに處す べし」と。

是の月織田氏織田氏を大和、上野の諸︀邑に封ず。本多正信、豐臣廟豐臣氏の祖︀廟そべうを毀たんと請 ふ。前將軍、敢て私斷せず。終に諸︀王公と議して之を請ふ。詔ありて、祀典してんを廢 して其頽廢たいはいに任せよ」と。

十九日、將軍、伏見を發し、八月四日、兩將軍歸る江戶に至る。是の日、前將軍、二條を發 し、二十三日、駿河に至る。

初め少將忠輝少將忠輝、封を信濃に受け、やうやく驕縱なり。善くつゞみを擊つ者︀、花井はなゐ某をへいし、 遂に之に政事を委ぬ。三將あり。しば諫むれども聽かず。乃之を駿府に訴ふ。忠輝 馳せ至り、三將罪ありとひて、死を賜ふ。越後に徙るに及びて益驕おごる。大阪 夏の役に及びて、行きて森山もりやまに至る。從兵、將軍の牙騎とたゝかひて三人を殺︀す。長 阪信政のぶまさ在り。已にして大和口やまとぐちに向ふ。花井の言を聽き、逗撓とうだうして進まず。前 將軍、東に歸り、森山を過ぎ、實を驗して大に怒り、遂に人をして、往きて其罪 をめしむ。二士あり。自ひて之を解く。前將軍、信ぜず。を遣して之を按