出でて、其逃れ入りしを憾む。而して今は又大に出でて、齊しく其首を授く。幕
下の事、意の如くならざる無し」と。將軍、首肯して曰く、「今且に之を剪滅せ
ん」と。本多正純本多正純、笋輿にて從ひ、柿蒂衣し、團扇を持ちて蠅を拂ひて過ぐ。長
政嘆じて曰く、「何ぞ平日の威嚴に類︀せざるや」と嘉明曰く、「常に重くして、變
に輕きは、德川氏の癖なり」と。佳癖と謂ふべし長政曰く、「佳癖と謂ふ可し」と。
將軍、行きて前部に至り、令を布きて歸る。兩軍旣に近づく。左先鋒の隊將本多
成重、阜に上りて戰を候ふ。忠朝、秀政は、勝永、永應と、銃手を以て戰を挑む
戰少しく利あらず。幸村、之に乘ず。成重、顧て我が軍を麾く。軍乃進む。忠
直曰く、少將忠直「吾れ此より直に闇羅應に入るなり」と。因りて餐を呼び、立ちながら之
を食ふ。一人は餐を捧げ、一人は冑を持つ。食ひ畢りて冑し、左右に謂て曰く、
「我れ旣に食へり。必餓鬼道に堕ちず」と。騎して直に前む。軍、鬨して之に從
ふ。忠昌忠直、弟忠昌、手づから二人を斬る。成重、吉田修理、荻田主馬と、左右よ
り縱擊す。幸村敗走幸村の軍、終に敗走す。追ひて安井に至る。西尾久作西尾久作、幸村と鬪ひて
之を斬る。忠朝、其軍の郤くを見て、愛馬百里に乘りて、馳せ且呼びて曰く、「出
雲守此にあり。盍ぞ回り戰はざる」と。敵之を聞きて四集す。忠朝、鎗を執りて