兵なり。旌旗、天に際す。淀君、色動く。已にして備前島の兵、大熕を發し、閣
の第二層︀に中つ。二女震死す。淀君始めて大に驚き、秀賴に勸めて和を成さし
む。而して會常光至る。則喜懼交集る。常光命を、傳へて曰く、「右府、必大
阪に居らとん欲せば、則其舊封に於て、一も闕くる所無からん。特諸︀客兵を逐
ひ、東軍をして外城を毀ち、周池を塡めしめ、以て和親の實を著︀せ」と。秀賴母
子、諸︀將を召して議す。議未だ决せず。本多正純、人をして治長、長益に言はし
めて曰く、「公上の議巳に成れり。子等遲疑せば、罪將に至らんとす」と。二人大
に惧れ、急に後藤光次に因りて質を獻ず。治長質を獻す治長、其幼子を遣ららんと欲す。光次
之を斥けて曰く、「稚弱なる者︀何ぞ用ゐん」と。乃其冢子を率ゐて還る。十九日、
和成る。和成る約して周池を塡め、客兵を遂ふ。二十日、板倉重昌板倉重昌、入りて秀賴の誓書
を監す。秀賴問ひて曰く、「兩公の何に呈す可きか」と。重昌私に對へて曰く、「太
公に呈せよ」と。書を持ちて歸る。前將軍、目逆して問ひて曰く、「嚮に汝を遣す
に、其呈する所を命ぜず。如何」と。重昌、狀を吿ぐ。前將軍喜びて曰く、「汝に
非ずば辨ず能はざるなり」と。城將、我が和を恃みて懈るを度り、茶臼、岡山を
襲はんと欲し、夜、人をして候ひ視︀しむ。其嚴備を見て乃止む。