塡め、竹牌を列ねて鐵楯を排し、距理を起てゝ地道を鑿り、而して銃を發して鼓
譟すること、每夜三次、城兵をして休止するを得ざらしむ。前將軍、諸︀將に令し
書を射しめて曰く、「降る者︀は賞あり」と。城中の人人相疑ふ。將軍、復城を凌ぎ
て齊しく登らんと請ふ。前將軍曰く、「吾れ聞く、『良將は戰はずして勝つ』と。且
兵を損じて城を得るは、吾れ取る無し」と。復金工光次をして城に入りて前將軍再び和を議す和を議
せしむ。城中衆議して決せず。和を願ふ者︀多し。大野治長等、議を建てゝ曰く、
「德川翁は且夕の人なり。明歲は西吉にして東凶なり。且く和を約して以て後圖を
爲さん」と。乃秀賴を勸めて和を請はしむ。前將軍曰く、「右府、誠に自艾めば、
則吾れ復意を介する莫し。城內の客兵は、皆釋して問はず」と。因りて三事を約し和す三事を約
す。曰く「周池を塡めん」曰く「大和に徙さん」曰く、「淀君を以て質と爲さん。
必ず一に居れ」と。數日にして周池を塡むるを聽かんと答ふ。而して客兵の爲に
食邑を加へんと請ふ。前將軍怒りて曰く、「之を釋すゝら已に多し。奚ぞ之を養ふ
に勝へんや」と。議して乃輟む。乃工に命じて益攻具を造る。
或人、井伊直孝に詣りて事を議す。直孝方に唾りて起き、目を摺りて出づ。或人
曰く、「子、何ぞ懈るや」と。曰く、「我れ敵の出でゝ襲ふを慮り、夜は睫を交へず