Page:Hōbun Nihon Gaishi.pdf/1533

提供:Wikisource
このページは校正済みです

少將忠直、前田利光は岡山に陣し、井伊直孝、藤堂高虎は天王寺に陣し、上杉、 佐竹、相馬さうま、秋田、堀尾、京極きやうごくの諸︀將は平野の西に陣し、伊達だて金森かなもりの諸︀將は今宮いまみや に陣し、淺野、蜂須賀はちすか鍋島なべしまの諸︀將は今宮の北に陣し、池田、加藤、山內やまのうち、森、 有馬ありまの諸︀將は中島に陣す。九鬼くき向井むかゐの諸︀將は兵かんを以て傳法口でんはふぐちはくす。兵すべて 五十萬人。城の四面をめぐりて尺地をのこさず。前將軍、城中必悔︀ゆるをはかり、人を して和を議せしむれどもかず。已にして住吉の邏騎らき、夜、一卒をとらふ。曰く、 「藤堂の陣にかんと欲して、あやまりて此に至るなり」と。其ふところを撿して秀賴の書 を得たり。書に曰く、「二くわい深く我が地に入る。子の計あたれり。宜しく速に東國に くわんおくり、諸︀將をして其歸路をたしむべし。事成らば則封を加ふること約の如 くせん」と。前將軍、書をわらひて曰く、「彼れ我を離間せんと欲す。謀何ぞ淺 きや」と。高虎高虎を召して、書及び卒を賜ふ。高虎ひて其實を得、乃其手足のゆび を斬り、黥して秀賴と曰ふ額に黥鯨して秀賴と曰ふ。はなちて之をかへす。城兵又池田利隆︀をいざなひて曰 く、「事成らば封ずるに備前、播磨、美作を以てせん」と。利隆︀、使者︀をばくして之 を獻ず。

兩將軍、終に進み取らんことを議す。阿部正之あべまさゆき、安藤直次、永井直勝なほかつ小栗忠正をぐりたゞまさ