引きて之と合し、退きて安宅の渡に據る。忽、鞍馬十匹あり、水を濟りて至る。畠山重能、前軍にあり。之を視て曰く、「敵近づく」と。篠原戰乃、三百騎と篠原岳に登りて之を瞰、使を中軍に馳せ、吿げて曰く、「源氏の兵悉く濟りぬ、臣將に先づ進まんとす。謂ふ、後繼を賜はれ」と。
義仲、樋口兼光を召し、岳頂を指さし、問ひて曰く、「汝彼一隊將は誰爲るを
知るか」と。曰く、「畠山重能なり。臣
數武藏に遊びて、其旗章を記す」と。義仲曰く「此れ
與に鬪ふべき者」と。兼光を遣し、與に鬪はしむ。殺傷相當る。維盛等、乃、進みて義仲に當り、戰ひ且退き、
成合に至り、返り擊ちて大に戰ふ。大庭景尙、自呼びて鬪ふ。義仲曰く、「名士なり」と。騎を
麾きて之を迎ふ。景尙十三騎を斬り、創を被りて自殺す。衆悉く退く。實盛獨留り戰ふ。敵將
手塚光盛呼びて其名を問ふ。實盛曰く、「汝我が首を斬り、木曾公に獻ぜよ。公は我を知るなり」と。進みて光盛に
薄る。光盛の從騎之を遮る。實盛、騎を
攫み將に之を殺さんとす。光盛之を救ふ。三人相搏ちて馬より墜つ。
實盛戰死光盛遂に實盛を刺し、頭を義仲に獻じ、其狀を吿げて曰く、「單騎錦を衣る。其語は東音なり」と。義仲曰く、「乃、實盛なる莫きや」と。兼光を召してこれを視しむ。兼光曰く、「是也」と。義仲曰