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群書類從卷第四百七十六


雜部三十一

小夜のねさめ

後成恩寺關白兼良公

唐國にはおほく春をあいし。我國の人は昔より秋に心をよするなるべし。されば光源氏も我身にしむる秋の夕風とながめ給へり。萬葉集より代々の歌にも此二のあらそひ未いづれと定がたし。霞める空に花鳥のいまめかしう色なることは。わかき時のほこらしき心なれば。秋のうれへのみぞ老の夕はげに忍がたく侍る。長月廿日あまりイも過ぬれば。うら枯わたる荻の音も空飛鴈の羽風もとりあつめて身にしむ心地ぞするや。さらぬだにあつしうおぼえ侍る身に齡の數あらはれて。夜寒のねざめもことはり過。まろねの手枕も所せきまでぬれまさる。曉は見ぬ世の事もまへの哀思ひのこすことなきかなイ。すべて人の身は。朝がほの花の露きえをあらそひ。ひをむしの朝の命。夕をまたぬものぞかし。されど心をやしなひ身をたもちて。百のよはひをのぶるたぐひ昔今おほくぞ侍るめる。誠に二なき寶。命にしくはなし。いきとしいけるものいかでか身をおさめざらん。されど人ごとのならひにて。色にそみこえにふけり。あぢはひにたのしむゆへに。多く心をもくだき身をもそこなひ侍る也。唐國にも文をまなび詩をつくり酒を愛しなどさまの人のくせ侍るとかや。樂天といひ