とくせなんつくまの里のはたこいひ難面人はなへもたかすや
朝妻の浦にとまりて。その朝おき侍りて。
みし夢のあさつま船や立かへる淚はかりを袖に殘して
醒井の里にて濁醪といへるをのみて。
あしけれとのみてなをさん二日ゑひけふ醒か井の水臭き酒
日はてりながら伊吹が嶽を見れば。うちくもり。さながら雪のふるけしきをみて。
寒さゆる空は日影のさしなから伊吹おろしや雪と降覽
不破の關屋のあれけるをみて。
板庇まはらになれは山風の不破のせきもる月そさやけき
垂井の宿にとまりて。その夜の嵐はげしくて。朝氷はじめてむすぶを見て。
小夜風のつもる木のはの下くゝる水のたる井のうす氷かな
いなばの山の麓井の口といへる所に一日逗留し侍れば。伴ひし人の世にはかなくなりしよしいひ侍れども。まことしからねばまかりてとはんとおもふに。しか〴〵〈る人イ〉ことのよしをかたれば。
世中をひとは稻葉の峯にあふるまつやなか〳〵はかなかる覽
尾張の国やなといへる所に一夜をあかし侍れば。その里にいとうつくしき若衆ありけり。酒などたうべて。そのあした起わかれければ。
あつさ弓やなのさとひと一すちに思ひわかるゝ橫雲の空
てんがくがくぼといへる野をゆけば。山だち出るよし申て。いぶせくおどされて。
あふれたる山たちともかいてあひて串剌やせん田樂かくほ
もり山といへる所にとまりて。旅寢いと寒ければ。
もり山の里の名にあふ宿かれはさよもすからに袖そしくるゝ
矢作の里岡崎といふ所にとまり侍りて。よしあることあれば。さやうの事おもひ出て。
もののふのやはきの里の跡とへは昔に成てしるよしもなし
今橋といへる所にとまりて。うき世の事どもおもひつらねて。
人なみにたゆたふことはいにしへも浮世渡りのかゝるいま橋
遠江の國濱名の橋のあたりになりて。