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Page:Gunshoruiju18.djvu/768

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群書類從卷第三百三十九


紀行部十三

あつまの道の記

仁和寺僧正尊海


天文二の年神無月後の四日にあづまのかたへことのようありて下り侍るに。はるかに都をかへりみて。

 すみなれし都の空をわかれては遠くなるまてかへりみる哉

逢坂の山をこゆるとて。

 いつかへりいつあふ坂の關〈山イ〉ならんしられすしらぬ旅の行末

からさきの松をみて。矩をこえざる年ばかりなる法の師。あとに獨いまさん事を思ひて。

 今日よりや思ひを志賀の浦みても松はひとりの古鄕の空

ひえの山の東坂本にて。雨ふりて。旅人も出ざりければ。空もつれと心うくて。

 旅衣しほれそそむる神無月しくるとはなきたゝ春の雨

舟のうへより大ひえの雪をみて。富士の山を思ひ出て。

 浪のうへのおひえの雪の面影にまたみぬ山を思ひやるかな

木の葉の船のうちにて。同道の人いひすての發句所望しければとりあへず。

 さゝなみやたゝむ木のはの沖津舟

  浦半の山をしくれゆく雲  盛親

 をちかたの空に蘆たつ聲さえて  五郞四郞

しまの里といへる所にとまりて。

 都出て新嶋もりのかりまくら夢はかりこそ行かへるらめ

つくまといへる里にて道にくたびれぬれば。餉いそげども。宿のあるじその事なければ。