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Page:Gunshoruiju18.djvu/653

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侍る。さて十九日に駿河國藤枝といふ所は彼領知にて。長樂寺といふ寺にをのかりそめにすみ侍る。さても今日まで空くもらはしくて。富士をみはベらぬと人にかたり侍れば。小川といふ所は殘なくみゆるとて。廿六日人々友なひてをもむき侍るに。おりふしはまかぜあらしく。雲など立さはぎて富士もみえず。むなしくかへり侍るに。其夕より桂厚とてつれはべる僧。おこりとかことの外煩てふし侍。なに事も心にいらであつかひしに。長月一日の比。なをざりにて心をのべ侍るに。そのあたりにおに岩といふ山よりこそ富士はみゆる所なれとて。人のいざなはれしほどに。うれしくて。老のさかくるしけれども。あがりてみれば。東にたか草山といふ山の上より雲などことにはれてさだかにみえはべれば。年月ののぞみもはるゝ心ちして。

 富士はなをうへにそみゆる藤枝やたか草山の峯のしら雲

さて立かへりて。筆にまかせて十首よみはべる。

 尋ねてもなとかみさ覽富士ならてそれも名高きさよの中山

 富士やこれ雲まの嶺に顯れて先めつらしき秋のはつ雪

 同しくはふしのみ雪を分みにや身はひるの子の老そ苦しき

 淸見かたふしにうしろの山颪みね雪ちらす浪のあらかき

 ふしのねは雲ゐに高し大ひえやはたちあけても爭て及はん

 時しらぬ山こそあらめふし川やそれさへ雪のたかき波かな

 夜や寒きつるか岡への鶴のこゑつはさの霜にふしのしら雪

 嶺くつすうきしまなくは足高や雲まにふしを竝へてそみん

 わきも子か黑かみ山はふしのねのいたゝく雪を哀とやみむ

 ふしはみつ又もそ思ふ秋の風きかはやゆきてしら川の關

かやうによみて富士淺間に奉りし。此寺の本尊藥師如來にてまします。さいはひのことと覺えて。桂厚祈禱のため。筆にまかせて詠じ侍る歌。

  春

 なそへなき君か惠みを日の光四方にてらして春やきぬ覽