名にたてるたひの衣の里ならは露わけきつる袖やかさねん
今日なむ遠江國鹽見坂に至りおはします。彼景趣。なをざりにつゞけやらむことのはもなし。まことに直下とみおろせばといひふるしたるおもかげうかびて。雲のなみ煙の浪そこはかとなき海のほとり。松ばらはる〴〵とつづきたるすさき。かずもしられずこぎつらねたる小舟。いとみどころおほかり。雲水茫々たるをちかたに。富士のねまがひなくあらはれ侍り。これにて御筆をそめられ侍し御詠二首。
今そはやねかひみちぬる鹽見坂心ひかれしふしをなかめて
立かヘり幾年なみか忍はまししほみ坂にてふしをみし世を
かたじけなく御和を奉るベきよし仰ごと侍しかば。
ことのはもけにそ及はぬ鹽見坂きゝしに越るふしの高根は
君そなほ萬代とをくおほゆへき富士のよそめのけふの面影
二子づかと申侍し所にて富士を御覽じそめられたるよし仰られて。
たくひなきふしをみ初る道の名を二子塚とはいかていはまし
これについで又申入侍し。
契りあれやけふの行手の二子坂爰よりふしを相みそめぬる
橋もとの御とまり〈今橋より五里。〉ちかくなり侍り。濱名のはしも此あたりにこそと申をきゝて。
暮わたる濱なのはしは霧こめて猶すゑとをし秋の河なみ
十六日。はしもとを立て。引馬の
あかなくにわけこそきつれ蟲の音の袖を引馬の野への朝露
鷺坂山にて。
打はふき飛や立けむ白鳥のさき坂山そやすくこえぬる
十七日。遠江府〈橋もとより六里。〉をたちて。雨いたくふり侍しに。懸川と申所にて。
うちわたす浪さへ袖にかけ川やいとゝぬれそふ秋のむら雨
さやの中山にて出され侍し御詠。
名にしおへは晝越てたに富士もみす秋雨くらきさよの中山