Page:Gunshoruiju18.djvu/513

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ごとしくみゆるを。たればかりにかとめとゞめたりければ。彼ひとしれず恨きこゆる人なりけり。かほしるき隨身などまがふべうもあらねば。かくとはおぼしよらざらめど。そゞろに車の中はづかしく。はしたなきこゝちしながら。今一たびそれとばかりもみ送り聞ゆるは。いとうれしくもあはれにもさまむねしづかならす。つゐにこなたかなたへ行別れ給ふ程。いといたうかへりみがちに彼處にゆきつきたれば。兼て聞つるよりもあやしくはかなげなる所のさまなれば。いかにしてたへ忍ぶべくもあらず。暮はつる空のけしきもひごろにこえて心ぼそくかなし。宵ゐすべき友もなければ。あやしくしきも定めぬとふのすがごもにたゞひとり打ふしたれど。とけてしもねられず。

 はかなしなみしかき夜はの草枕結ふともなきうたゝねの夢

ひごろふれど聞くる人もなし。心ぼそきまゝにきやうづとてに持たる計ぞたのもしきともなりける。せかいふらうこ世界不牢固と有ところをしゐて思ひつゞけてぞ。うき世のゆめもおのづからおもひさますたよりなりける。けふかあすかと心ぼそき命ながら。卯月にもなりぬ。いざよひの光まち出て程なき窓のしとみたつものもおろさず。つくとながめいでたるに。はかなげなる垣ねの草にまどかなる月影に。ところがらあはれすくなからず。

 をく露の命まつまのかりの庵にこゝろほそくもやとる月影

いづくにかあらんかすかに笛の音のきこえくる。かの御あたりなりしねにまよひたるこゝちするにも。きとむねふたがるこゝちするを。

 待なれし故里をたにとはさりし人はこゝまて思ひやはよる

さても猶うきにたへたる命のかぎり有ければ。やう心ちもをこたりざまになりたる