Page:Gunshoruiju18.djvu/492

提供: Wikisource
ナビゲーションに移動 検索に移動
このページは校正済みです


て。山路につゞきたるやうに見ゆ。

夫木玉くしけ二村山のほのと明行末は波路なりけり

ゆきて三河國八橋のわたりをみれば。在原業平かきつばたの歌よみたりけるに。みな人かれいゐのうへになみだおとしける所よとおもひ出られて。そのあたりをみれども。かの草とおぼしき物はなくて。いねのみぞおほくみゆる。

 花ゆへにおちし淚のかたみとや稻葉の露を殘しをくらん

源義種が此國のかみにてくだりける時。とまりける女のもとにつかはしける歌に。もろともにゆかぬ三河の八はしは集戀しとのみや思ひわたらんとよめりけるこそ。《拾遺別部に源よしたねか三河介にて侍けるむすめのもとにはゝのよみてつかはしけるとありよしたねか歌にてはきこえかたけれは此紀行思ひあやまれるならん》おもひ出られてあはれなれ。やはぎといふ所をいでて。みやぢ山こえ過るほどに赤坂と云宿あり。こゝにありける女ゆへに大江定基が家を出けるも哀に思ひいでられて過がたし。人の發心する道その緣一にあらねども。あかぬ別をおしみしまよひの心をしもしるベとし。誠の道におもむきけん。ありがたくおぼゆ。

 別路に茂りもはてゝ葛のはのいかてかあらぬかたに返りし

ほむの川原にうち出たれば。よもの望かすかにして山なく岡なし。秦甸の一千餘里を見わたしたらんこゝちして。草土ともに蒼茫たり。月の夜の望いかならんと床しくおぼゆ。茂れるさゝ原の中にあまたふみわけたる道ありて。行末もまよひぬべきに。古武藏の泰時道のたよりの輩に仰て植をかれたる柳もいまだ陰とたのむまではなけれども。かつまづ道のしるベとなれるもあはれなり。もろこしの召公奭は周の武王の弟也。成王の三公として燕と云國をつかさどりき。陝のにしのかたを治し時。ひとつの廿棠のもとをしめて政ををこなふ時。つかさ人よりはじめてもろ