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のかたみには。やうかはりておぼゆ。
花ならぬ色香もしらぬ市人の徒ならてかへる家つと
尾張國熱田の宮にいたりぬ。神垣のあたりちかければ。やがてまいりておがみ奉るに。木立年ふりたる杜の木の間より夕日のかげたえだえさし入て。あけの玉垣色をかへたるに。木綿四手風にみだれたることから。物にふれて神さびたる中にも。ねぐらあらそふ鷺むらのかずもしらず梢にきゐるさま。雪のつもれるやうに見えて。遠く白きものから。暮行まゝにしづまり行聲ごゑも心すごく聞ゆ。ある人のいはく。此宮は素盞烏尊なり。はじめは出雲國に宮造ありけり。八雲たつといへる大和言葉も是よりはじまりけり。其後
思び出のなくてや人のかへらまし法の形見をたむけをかすは
この宮をたち出。濱路におもむくほど。有明の月かげふけて。友なし千鳥とき〴〵をとづれわたれる。旅の空のうれへすゞろに催して。哀かた〳〵ふかし。
古鄕は日をへて遠くなるみかたいそく汐干の道そくるしき
やがて夜のうちに二村山にかゝりて。山中などをこえ過るほどに。東漸しらみて海の面はるかにあらはれわたれり。波も空もひとつに