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Page:Gunshoruiju18.djvu/491

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のかたみには。やうかはりておぼゆ。

 花ならぬ色香もしらぬ市人の徒ならてかへる家つと

尾張國熱田の宮にいたりぬ。神垣のあたりちかければ。やがてまいりておがみ奉るに。木立年ふりたる杜の木の間より夕日のかげたえだえさし入て。あけの玉垣色をかへたるに。木綿四手風にみだれたることから。物にふれて神さびたる中にも。ねぐらあらそふ鷺むらのかずもしらず梢にきゐるさま。雪のつもれるやうに見えて。遠く白きものから。暮行まゝにしづまり行聲ごゑも心すごく聞ゆ。ある人のいはく。此宮は素盞烏尊なり。はじめは出雲國に宮造ありけり。八雲たつといへる大和言葉も是よりはじまりけり。其後景行十二代天皇の御代にこの砌に跡をたれ給へりといへり。又いはく。此宮の本躰は草薙と號し奉る神劔也。景行の御子日本武尊と申。夷をたいらげて歸り給ふ時。尊は白鳥となりて去給ふ。劔は熟田にとまり給ふともいへり。一條院六十六代の御時大江匡衡といふ博士有けり。長保のすゑにあたりて當國の守にて下りけるに。大般若を書て此宮にて供養をとげける願文に。吾願已にみちぬ。任限又みちたり。古鄕にかへらんとする期いまだいくばくならずとかきたるこそ。哀に心ぼそく聞ゆれ。

 思び出のなくてや人のかへらまし法の形見をたむけをかすは

この宮をたち出。濱路におもむくほど。有明の月かげふけて。友なし千鳥ときをとづれわたれる。旅の空のうれへすゞろに催して。哀かたふかし。

 古鄕は日をへて遠くなるみかたいそく汐干の道そくるしき

やがて夜のうちに二村山にかゝりて。山中などをこえ過るほどに。東漸しらみて海の面はるかにあらはれわたれり。波も空もひとつに