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Page:Gunshoruiju18.djvu/490

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ですみわたりて。實に身にしむばかりなり。餘熱いまだつきざる程なれば。往還の旅人多く立よりてすゞみあへり。斑婕妤が團雪の扇。秋風にかくて暫忘れぬれば。すゑ遠き道なれども。立さらん事はものうくて更にいそがれず。かの西行が道の新古へに淸水なかるゝ柳かけしはしとてこそたちとまりつれとよめるも。かやうの所にや。

 道のへの木陰の淸水むすふとてしはしすゝまぬ旅人そなき

かしは原と云所をたちて美濃國關山にもかゝりぬ。谷川霧の底に音信。山風松の梢に時雨わたりて。日影もみえぬ木の下道あはれに心ぼそし。こえはてぬれば不破の關屋なり。《新古今雜中 人すまぬふはのせきやの板ひさしあれにしのちはたゝあきの風》萱屋の板庇年經にけりとみゆるにも。後京極攝政良經殿の荒にしのちはたゝ秋の風とよませ給へる歌おもひ出られて。此うへは風情もめぐらしがたければ。いやしきことの葉をのこさんも中々におぼえて。爰をばむなしくうち過ぬ。くゐぜ川と云所にとまりて。夜更るほどに川端に立出てみれば。秋の最中の晴天淸き河瀨にうつろひて。照月なみも數みゆばかりすみ渡れり。二千里の外の古人の心遠く思ひやられて。旅のおもひいとゞをさへがたくおぼゆれば。月のかげに筆を染つゝ。花洛を出て三日。株瀨川に宿して一宵。しば陶吟を中秋三五夜の月にいたましめ。かつ遠情を先途一千里の雲にをくるなど。ある家の障子に書つくるついでに。

 しらさりき秋の半の今宵しもかゝる旅ねの月をみんとは

かやつの東宿の前を過れば。そこらの人あつまりて。里もひゞくばかりにのゝしりあへり。けふは市の日になむあたりたるとぞいふなる。往還のたぐひ手每にむなしからぬ家づとも。《古今春上 そせい みてのみや人にかたらん櫻はなてことにおりていへつとにせん》かのみてのみや人にかたらんとよめる花