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Page:Gunshoruiju18.djvu/472

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いそぐ。時に晚鐘のうちおどろかせば。永しとおもひつる夏の日もけふはあへなく暮ぬ。一樹のかげの宿緣あさからず。拾謁のむつび芳約ふかき人あり。

 きてもとへけふはかりなる旅衣あすは都にたちかへりなん

返し。

 旅衣なれきておしき名殘にはかへらぬ袖もうらみをそする

五月のみじか夜。時鳥の一聲の間にあけなんとすれば。菖蒲の一夜のまくら。再會不定のちぎりをむすびて出ぬ。

 かりふしのまくらなりとてあやめ草一よの契思ひわするな

湯井の濱をかへりゆけば。なみのおもかげ立そひて。野にも山にもはなれがたき心ちして。

 なれにけりかへる濱路にみつしほのさすか名殘にぬるゝ袖哉

人をたのみてくだるほどに。たのむ人にはかにのぼりなんとすれば。身を無緣のさかひにすてゝ。こゝろざしを有緣のうちに〈便宜あらば善光寺へ參るべきよしおもへり。〉とげばやと在れども。花京に老たる母あり。嬰兒にかへてぬ愚子をしたひ待。異鄕にうかれたる愚子は。萬里をへだてゝ母をおもひをく。斗藪のためにいとまをこひて出しかども。我をすつとやうらむらん。無爲に入ば眞實の報恩なれども。有爲のならひはうときにうらみあり。本よりおもはず東鄙の經廻を。今はいよ急ぐ西路の歸願。彼最後の今に逢事は先世の緣なれば。座したりとも違ひなん。違ともきたりなん。たゞちぎりの淺深に依てこゝろざしの有無にまかせたり。悲らくは親も老たり子も老たり。いづれかさきだちいづれかおくれん。たゞなげく所は母山の病木八旬の涯に傾て一房の白花いまだひらけざるに。子石のがれたる苦み。半白の波におぼれて一滴の零いまだ汲ざることを。朝に看夕にさだむ。こゝろざしとげずしてやみなば。佛に祈