Page:Gunshoruiju18.djvu/469

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聞して。あくれば忽然としてうせぬれば其行方をしらず。僧これをあやしみて糸を搆てひそかに裾につけにけり。あくる朝に糸をたゞしてみれば。海上にひかれてかの山にいたりぬ。巖穴に入て龍尾につけたり。神龍顯形して後。僧にはぢてこれを入ずといへり。夫權現は利生のすがたなり。化現せば何ぞすがたにはばからん。弘經は讀誦の僧なり。經を貴みば何ぞ僧をいとはんや。ふかきちかひはうみにみてり波にたるゝあとは慈悲。鉢は天に知れたり雲にひゞくこゑ。されども神慮は人しらず。きねがならはしにしたがひて。ふしおがみてとをりぬ。

 江のしまやさして鹽路に跡たるゝ神は誓ひの深きなるへし

路の池に高き山あり。山のみねかぶろにて貴からずといへども。恠石ならびゐて興なきにあらず。步をおさへて石をみればむかしかの堀うがちたる磐どもなり。うみも久しくなればひるやらんとみゆ。腰越といふ平山のあはひを過れば稻村といふ所あり。さかしき岩のかさなりふせる濱をつたひ行ば。岩にあたりてさきあがる浪のはなのごとくにちりかゝる。

 うき身をはうらみて袖をぬらすともさしもや波に心くたかん

申の斜に湯井の濱に落着ぬ。しばらく休みて此所をみれば。數百艘の舟どもつなをくさりて大津のうらに似たり。千萬宇の宅軒をならべて大淀のわたりにことならず。御靈の鳥居の前に日をくらして後。若宮大路より宿所につきぬ。月さしのぼりて夜も半に更にければ。をきたる老人おぼつかなくおぼえて。

 都には日をまつ人を思ひをきてあつまの空に月を見る哉

鷄鳴八聲のあかつき。旅宿一寢のゆめさめて。たち出見れば。月の光屋上の西にかたぶきぬ。