Page:Gunshoruiju18.djvu/467

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みくづとしづみにけり。つら其むかしをおもへばあはれにこそおぼゆれ。日本國母の貴光をかゞやかす光の末に身をてらし。天子聖皇の恩波をそゝぐ波の雫に家をうるほす。羽林のはなあらたにひらけ。はるにあへるにほひ天下に薰じ。射山の風あたゝかにあふぐ時にあたるひゞき遠近にふるふ。圖らざるや榮木山風たゝきて其はなちりとなり。逝水ながれ急にして其身泡ときえんとは。連枝の契かたえはやくおれぬ。家苑の地あとむなしくのこれり。魮𩶖のむつび一頰をならべず。他鄕の水おちてかへらず。一生こゝにつきぬ。此河は三家の水口たるか。いふことなかれ水こゝろなしと。なみの聲鳴咽して哀傷をなす。

 なかれ行てかへらぬ水のあはれにも消にし人の跡と見ゆ覽

此つぎにあひ尋れば一條の宰相中將〈信能卿。〉美濃國遠山といふところにて露の命をかしてける。夫洛中にわかれて維し日。家をはなれしうらみいよ惡業のなかだちたりしかども。たびのみちに手をひらけしときに家を出しよろこび還て善緣のすゝめにあへり。たなごころをあはせ念をたゞしくして。魂ひとり去にけり。臨終の義を論ぜば往生ともいふべし。西方には聖衆定て九品の寳蓮にみちびくらん。彼羽化をえて天闕にあそびしは。八座のむしろ家門のちりをうちはらひ。虎賁を兼て仙洞にわしる。累葉の花寶枝の風に綻びき。傷哉平日のかげ盛にして。未西天の雲にかたぶかざるに。壽堂の扉ながくとぢて。北邙の地にうづむことを。花の床をなにかざりけん。跡にとまりて主なし。親族はかなしめどもよしなし。旅に出てひとり心ざしぬ。楊國忠が他界にうつりし。しらず人のうらみをなすことを。平章事の遠山にほろびし。おもひやりき身のかなし