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Page:Gunshoruiju18.djvu/460

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砂の濱の水には白花ちれども風をうらみず。行々あとをかへりみれば。前途いよゆかし。

 聞わひぬちゝの松原吹風の一かたならすわれしほるこゑ

蒲原の宿にとまりぬ。すがごものうへにふせり。十四日蒲原を立てはるかに行ば。前路にすすみさきだつ賓は。馬に水かひて後河にさがりぬ。後程にさがりくるをのれは。野に草しきてまだこぬ人をさきにやる。先後のあはれは行旅のならひにもおもひしられてうちすぐる程に富士川をわたりぬ。此河中にこそ石をながす。巫峽の水のみなんぞ舟をくつがへさんや。人のこゝろは此水よりさかしければ。老馬をたのみてうち渡る。老馬老馬。なんぢは智有ければ。山路の雪のみにあらず。川のそこのこころもよくしりにけり。

 音にきゝし名高き山のわたりとてそこさへ探し富士川の水

うきしまが原をすぐれば。名はうきしまときこゆれど。まことは海中とは見えず。野徑とは見つべし。草むらあり。木の林あり。はるかに過れば人煙片々と絕て又たつ。新樹程をへだてゝ隣たがひにうとし。東行西行の客はみな知音にあらず。村南村北のみちにたゞ山海を見る。〈山の頂に二泉あり。湯のごとくわくといふ。むかしは仙女が此みねにあそびて常にあり。ひがしふもとに新山と云山あり。延曆年中に天神くだりてこれをつくといへり。〉すべて此みねは。天漢の中に沖て人衆の外にみゆ。眼をいたゞきて立。魂恍々とほれたり。

 幾としの雪つもりてかふしの山いたゝき白き高ねなるらん

 問きつるふしの堙は空にきえて雲になこりの面かけそたつ

むかし採竹翁と云ものあり。女を赫奕姬といふ。おきなが家の竹林に鶯の卵子の形にかへりて巢の中にあり。翁養て子とせり。ひととなりてかほよき事たぐひなし。光ありてかたはらをてらす。嬋娟たる兩鬢は秋のせみのはね。