Page:Gunshoruiju18.djvu/457

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ばあさみどりの夏のはじめなりといへども。くさむらをのぞめば白露まだきに秋の夕に似たり。北に遠ざかりて雪しろき山あり。とへば甲斐の白峯といふ。としごろきゝしところ命あれば見つ。をよそ此あひだ數日のこゝろざしをやしなひて。百とせのよはひをのべつ。かの上仙のくすりは下界のためによしなき物をや。

 おしからぬ命なれ共けふはあれはいきれるかひのしらねをも見つ

宇度のはまをすぐれば。浪の音かぜのこゑ殊にこゝろすむ所なり。はまの東北に靈地の山寺あり。四方たかくはれて四明天台の末寺たり。堂閣繁盛して本山中堂の儀式をかり。一乘讀誦のこゑは十二廻中に聞絕る事なく。安居一夏の行は採花汲水のつとめ驗をあらそふ。修する所は中道の敎法論談を空假の頤に决して。利する所は下立の衆生歸依を遠近のさかひにいたす。伽藍の名をきけば行基ぼさつの建立。土木の風情。本尊の實を尋れば觀世音と申。補陁落山の聖容出現の月あきらかなり。大形佛法興隆のみぎり。數百筒歲の星漢霜ふりたり。僧俗止住のみね。三百餘字の禪房霞ゆたかなり。雲船の石神山腰に護て惡障をふせぎ。大形の木容は寺內に納て善業をなす。千手觀音かの山より石舟に乘て此地にくだり給ひけり。其舟善神となりて山路の大坂に石舟護法と號す。彼海岸山の千眼は南方より北を飛て有緣を此山に導。宇渡濱の品天面を地に得て舞樂を此濱にまなべり。むかし稻河大夫といふ人。天人の濱松の下に樂をしらべて舞けるをみてまなび舞けり。又人のみるをみて鳥のごとくに飛て雲に隱にけり。其跡をみれば一の面形を落せり。大夫これを取て寺の寶物とす。よつて其寺に舞樂をしらべて法會を始行