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Page:Gunshoruiju18.djvu/450

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ば。何となく心もゆく樣におぼえて。遙に過れば宮橋といふ所あり。數雙のわたし板は朽て跡なし。八本の柱は殘て溝にあり。心のうちにむかしをたづねてことのはしに今をしるす。

 宮橋の殘るはしらにこととはん朽て幾世かたえわたりぬる

けふのとまりをきけば。前程なを遠しといへども。暮の空を臨斜脚旣に酉金に近づく。日の入程に矢橋の宿に落つきぬ。

九日。矢橋を立て。赤坂の宿を過。むかし此宿の遊君花顏春こまやかにして。蘭質秋かうばしき女有けり。頁を潘安仁が弟妹にかりて。契を三州吏の妻妾に結べり。妾は良人に先て世を早し。良人は妾にをくれて家をいづ。しらず利生のぼさつの化現して夫を導けるか。又しらず圓通大士の發心して妾をすくへるか。互の善知識大なる因緣なり。彼舊室妬が咒咀に挊舞惡怨かへりて善敎の禮をなし。異域朝嘲の輕仙に鼻酸持鉢忽に智行の德にとふ。巨唐に名をあげて本朝に譽を留る上人誠に貴。誰かいはん初發心の道に入聖なりとは。是則本來佛の世に出て人を化するにあらずや。行々昔を談じて猶々いまにあはれむ。

 いかにしてうつゝかみちを契らまし夢驚かす君なかりせは

かくて本野が原を過れば。懶かりし蕨は春の心を生替りて。秋の色うとけれども。分行駒は鹿の毛に見ゆ。時に日重山にかくれて。月星躔に顯れぬ。曉をはやめて豐河の宿にとまりぬ。深夜に立出てみれば。此川はながれひろく水ふかくして。まことにゆたかなる渡也。河の石瀨に落る浪の音は月の光にこえたり。川邊に過る風の響は夜の色白し。又みぎはひなのすみかには月よりほかにながめなれたるものなし。

 しる人もなきさに浪のよるのみそなれにし月の影はさしくる