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Page:Gunshoruiju18.djvu/446

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薄暮に鈴鹿の關崖にとまる。上弦の月峯にかかれり。虛弓いたづらに歸鴈路にのこり。下流の水谷に落。奔箭すみやかにして虎に似たる石にあたる。爰に旅驛漸にかさねて。枕を宿緣の草にむすび。雲衣曉にさむし。袖をいはねのこけにしく。松は君子の德をたれて。天のごとくおほへり。竹は吾友の號あれば。かぜにふしてよをあかす。

 鈴鹿山さしてふる里おもひねの夢路の末に都をそとふ

六日。孟嘗君の五馬の客にあらざれば函谷の雞の後夜をあかしてたつ。山中なかば過て漸下れば巖扉けづりなせり。仁者の栖しづかにして樂み。澗水堀ながす。智者の砌うごけどもゆたかなり。かくて邑里に出て田中の畔を通れば。左に見右に見立田眇々たり。或は耕しをのれがひさに論じ。畦畝あぜを竝て苗を我とりに藝たり。民のけぶりは父君心躰の恩火よりにぎはひ。王道の德は子民稼稷の土器より開けたり。水龍は本より稻榖を護て夏の雨をくだし。電光はかねてより九穗をはらみて三秋をまつ。東作の業力をはげます。西收の稅たのもしく見ゆ。劉寬が刑を忘れたり。蒲鞭定て螢になりぬらん。

 苗代の水にうつりて見ゆる哉いな葉の雲の秋のおもかけ

日數ふるまゝに古鄕も戀しくて立歸り過ぬる跡をみれば。いづれか山いづれか水。雲より外に見ゆるものなし。朝に出て夕に入。東西を日の光にわきまふといへども晚ればとまり明れば立。畫夜を露命に論ぜん事はかたし。をのづから一步を捨て萬步をはこばゞ。遠近かぎりありて往還を期しつべし。只あはれむ。遙に都鄙の中路に出て前後のおもひに勞する事を。

 ふる里は山のいくへにへたてきぬ都の空をうつむしら雲

夜陰に市腋と云にとまる。前を見おろせば海