Page:Gunshoruiju18.djvu/443

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の機かたに織り。去年質耳外に聞をなして。おほくの歲をわたり。舌の端唇していくばくの日をか送るや。心のふね洋爲に漕。いまだ海道萬里の波に掉さゝず。乘馬あらましにはす。いまだ關山千程の雲にむちうたず。今便人の芳緣に乘じて俄に獨身の遠行を企り。貞應後堀河二年卯月の上旬五更に都を出で一期に旅立。昨日はすみわびていとはしかりし宿なれども今立わかるれば名殘おしく覺えてしばしやすらへども。鐘のこゑ明行はあへずして。いつまたあはた口の堀道を南にかいたをりてあふ坂山にかゝれば。九重の寶塔は北のかたにかくれ。又相坂を下に松をともして過行ば。四宮河原のわたりはしのゝめに通りぬ。小關を打越て大津のうらをさして行。關寺の門をだにかへりみれば。金剛力士忿怒のいかる眼を驚し。勢田の橋を東に渡れば。白浪瀧落て流眄とながれ。又身をひやす湖上にふねをのぞめば心興にのり。野庭に馬をいさめて手に鞭をかなつ。漸に行ほどに都を遙にへだてぬ。前途林幽なる纔に靑薺梢に見ゆ。後路山さかりて白雲路をうづむ。既に斜陽景くれて。暗雨しきりに笠にかゝる。袖をしぼりて始て旅のあはれをしりぬ。其間山館に臥て露よりをく曉の望蕭々たり。煙高旱子巖の路をうづみ。水に望みて又水に望む。波の淺深長堤の汀にすゝむ。濱名の橋の橋下には往事をちかひてこゝろざしをのべ。淸見關のせきやにはあかぬ名殘をとゞめて步をはこぶ。富士の高根にけぶりをのぞめば。臘雪宿して雲ひとりむすび。うつの山路につたを尋れば昔の跡夢にして風の昔おどろかす。木々の下には下ごとに翠帳をたれて。行客の苦みをいこへ。夜々の泊りにはとまりごとにこもまくらをむすびてたび人のねぶりを