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Page:Gunshoruiju18.djvu/393

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 立いつる天の河邊のゆかしさに常はゆゝしきことも忘ぬ

その十三日の夜の月。いみじく隈なくあかきに。みな人もねたる夜中ばかりに。えんに出ゐて。あねなる人空をつくとながめて。たゞ今ゆくゑなくとびうせなばいかゞおもふべきと問に。なまおそろしとおもへるけしきを見て。ことにいひなして。わらひなどしてきけば。かたはら成所にさきおふくるまとまりて。おぎのはとよばすれどこたへざなり。よびわづらひて。笛をいとおかしくふきすましてすぎぬ也。

 笛の音のたゝ秋風と聞ゆるになと荻のはのそよとこたへぬ

といひたれば。げにとて。

 荻の葉のこたふる迄も吹よらてたゝに過ぬる笛の音そうき

かやうにあくるまでながめあひて。夜あけてぞみな人ねぬる。そのかへる年四月治安三年の夜中ばかりに。火のこと此火事祭具所ありて。大納言殿の姬君と思かしづきしねこもやけぬ。大納言殿のひめ君とよびしかば。聞しりがほになきて。あゆみきなどせしかば。てゝなりし人も。めづらかに哀なること也。大納言に申さむなどありし程に。いみじうあはれに口おしくおぼゆ。ひろとものふかきみ山のやうにはありながら。花紅葉のおりは四方の山邊もなにならぬを。見ならひたるに。たとしへなくせばき所の庭のほどもなく。木などもなきに。いと心うきに。むかひなる所に梅[のイナシ]こうばひなど咲みだれて。風につけてかほりくるにつけても。住なれし古鄕かぎりなく思ひ出らる。

 にほひくる隣の風を身にしめてありし軒端の梅そ戀しき

其五月のついたちにあね成人こうみてなくなりぬ。よその事だにおさなくよりいみじくあはれと思ひわたるに。ましていはん方なくあはれかなしとおもひなげかる。はゝなどはみ