もなし。すだれかけまくなど引たり。南ははるかに野のかたみやらる。ひんがし西は海ちかくて。いとおもしろし。夕霧たちわたりていみじふおかしければ。あさいなどもせす。かたがたみつゝこゝをたちなん事もあはれにかなしきに。おなじ月の十五日雨かきくらし降に。さかひを出て下野の國のいかたといふ所にとまりぬ。家などもうきぬる計に雨ふりなどすれば。おそろしくていもねられず。野中にをりたちたる所に。たゞ木ぞみつたてるところに。其日は雨にぬれたるものどもほし。國にたちをくれたる人々まつとて。そこに日を暮しつ。十七日のつとめてたつ。昔下つさの國にまのの長といふ人住けり。引ぬのも千むら萬むらをらせさらさせけるが家の跡とて。深き川を船にてわたる。むかしの門のはしらのまだ殘りたるとて。おほきなる柱川の中によつたてり。人々歌よむを聞て。心のうちに。
くちもせぬ此川はしら殘らすは昔の跡をいかてしらまし
その夜はくろどの濱といふところにとまる。かたつかたは廣濱なる所のすなごはる〴〵としろきに。松原しげりて。月いみじうあかきに。風の昔もいみじう心ぼそし。人々おかしがりて。歌よみなどするに。
まとろましこよひならてはいつかみんくろとの濱の秋のよの月
そのつとめてそこをたちて下つさのくにとむさしのさかひにて有。ひと井がはといふがかみのせ。まつさとのわたりのつにとまりて。夜ひとよ舟にてかつ〴〵物などわたす。めのとなる人は。おとこなどもなくなして。さかひにて子うみたりしかば。はなれてべちにのぼる。いとこひしければ。いかまほしくおもふに。せうとなる人いだきてゐていきたり。みな人はかりそめのかりやなどいへど。風すさまじく