コンテンツにスキップ

Page:Gunshoruiju18.djvu/363

提供:Wikisource
このページは校正済みです

といふはまをすぎむとて。夜なかにおきてくるに。道も見えねば。松ばらの中にとまりぬ。さて夜のあけにければ。

よをこめていそきつれ共松の根に枕をしてもあかしつる哉

あふ坂ごえしてやすむほどに。雪うちふりなどす。ものゝ心ぼそければ。なちの山にとまりなましものを。いづちとていそぎつらんなどおもふほどに。きあひたる人。いかで關はこえさせ給ひつるぞなどいふにつけてかうおぼゆ。

雪とみる身のうきからにあふ坂の關もあへぬは泪なりけり

とてたちぬ。つゝみのもとにて。京極の院のついぢくづれ。むまうしいりたち。女どもなどかさをきて。こむく金鼓うちありくをみるに。ことのおはせし時思ひあはせられて。なを世中かなしやなどおもふ。

けにそ世は鴨の川浪たちまちに淵もせになる物には有けり

など。見ることの木艸につけていはれける。かもに葉月ばかり。すゞむしのいみじうなき侍りしかば。

聞からにすこさそまさるはるかなる人を忍ふる宿の鈴虫

おぎおほかる家にて。風のふき侍に。よの中のはかなきことなど思たまへられて。

いかにせむ風にみたるゝ荻の葉の末はの露に異ならぬみを

秋のゝに鹿のしからむ荻のはのすゑはの露の有かたのよや

おなじ月の十日ごろに月いづるまで侍しに。たゞ入にいり侍しかば。これを思ふやう侍りて。

さもあらはあれ月いてゝさも入ぬれはみるへき人のある都かは

おなじころ。つれにねられで侍しにのいで侍ければ。

新古原はるかにひとりなかむれは袂に月のいてにけるかな

そのころのことにや侍りけん。いつとも侍らねども。

つれなくてをさふる袖のくれなゐにまはゆき迄に成にける哉