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には入にける。

昔つくしまでいきたりける男有けり。これはいろこのむなるすきものぞと。すだれのうちなる人のいひけるをきゝて。男。

 染河を渡らん人のいかてかは色になるてふことなかるへきのなからん一本

女返し。

 名にしおはゝあたにそ思ふあるへき一本たはれ嶋浪の濡衣きるといふ也

昔年ごろをとろへざりける女。心かしこくやあらざりけん。はかなき人のことにつきて。人の國なりける人につかはれて。もとみし人のまへにいできて。物くはせなどしありきけり。長きかみをきぬのふくろに入て。遠山ずりのながきあををぞきたりける。よさりこのありつる人たまへと。あるじにいひければ。をこせたりけり。男われをばしらずやとて。

 いにしへの匂ひはいつら櫻花わけるかこともちれるが如も一本なりにける哉

といふを。いとはづかしとおもひて。いらへもせでゐたるを。などいらへもせぬといへば。淚のながるゝに。めもみえずものもいはれずといへば。おとこ。

 是やこの我にあふみをのかれつゝ年月ふれとまさり顏なみ

といひて。きぬぬぎてとらせけれど。すててにげにけり。いづこにいぬらんともしらず。

むかし。世ごゝろある女。いかでこのなさけある男をかたらひてしがなと思へども。いひいでんにもたよりなければ。まことならぬ夢がたりを。むす子みたりをよびあつめてかたりけり。ふたりの子はなさけなくいらへてやみぬ。さぶらふなりけるなん。よき御おとこぞいでこむとあはするに。この女けしきいとよし。こと人はいとなさけなし。いかでこの在五中將にあはせてしがなとおもふ心ありけり。かりしありきける道にゆきあひにけり。馬のくちをとりて。やうなんおもふといひけれ