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 四 退所者の被害

 1 隔離による社会生活基盤、社会性の剝奪

 原告らは等しく、療養所に入所させられる際に、社会内に有したすべての生活基盤、社会との絆を奪われる。社会から隔離された療養所に長期間収容された後においては、その期間が長ければ長い程、社会内には退所者を受け入れる基盤は全く存しなくなり、社会内で生活を行なうことに対して極めて大きなハンデを背負わされる。その上、収容中に断種、堕胎を行われた者については、その将来にわたって社会生活の基盤を奪われているのである。

 また、隔離措置による非人間的な対応をされた入所者は、社会性を身につける機会を奪われた。刑務所の職業訓練と比較しても、療養所での職業訓練等がないに等しいといわざるを得ないほどに貧困である。特に、在園者の多くが後遺症を負った身体障害者であることを考えると、一般の職業訓練以上に障害者としての職業訓練まで行われるべきであったところ、現状は全くの放置というほかない。入所者は絶対隔離により社会経験の不足を余儀なくされるのみならず、職業技能の修得の機会をも奪われた。そのことが、退所後社会復帰を著しく困難としたのである。

 2 社会内の排除システムの存続

 ㈠ 社会内差別・偏見の継続、累積

 退所者は、社会内において、すさまじいばかりの差別と偏見に直接的にさらされることになる。一たび、療養所の入所歴が明らかになれば、社会はこれを全く受け入れることなく、排除する。そのため、退所者は、社会の片隅で療養所に入所していた経歴をひた隠しにし、いつこれが明らかになるのかという恐怖におびえて生活をしなければならない。退所をしたとはいっても、地域住民の偏見は全く除去されておらず、退所者は、自分の実家に戻ったり、家族からの援助を受けたりすることができない。

 ㈡ 就業と居住の困難性

 ⑴ 就業の困難性

 新法下では、就職禁止規定は生き続けており、退所者は、ハンセン病患者であったことが発覚すれば、その偏見と差別の故に就職の途を固く閉ざされることになる。また、運良く仕事に就くことができた者も、「らい」患者であったことは隠さなければならず、常に「らい」患者であったことが発覚しないかということを恐れ、びくびくしながら生活することを余儀なくされることになる。

 ハンセン病患者の多くが、退所後、貧困に悩まされてきたのは、このような隔離絶滅政策によって助長された社会内差別によるものなのである。

 ⑵ 居住の困難性

 また、被告の啓蒙の不足によって、結節の残存や手指の屈曲等が後遺症にすぎず、感染のおそれを示すものではないということを知る者が、社会の中で少なかった。そのため、退所者は、一般の生活面においても、近隣の地域住民に「らい」患者であったことが発覚するのを防ぐために、後遺症を隠すなど、様々な生活上の制約を余儀なくされた。

 3 退所は社会復帰か

 ㈠ 治療機会の喪失

 被告の政策により、ハンセン病の治療が療養所以外でなされるということは考慮されず、ハンセン病患者は外来治療を受ける機会を奪われた。

 外来治療をする機関は、一部の機関を除いては社会内に存在せず、退所者は、病気が再発した場合、治療のための薬を得ることすら極めて困難な状況に置かれ、再び療養所への道を選択するか、治療を受けずに放置しておくかのいずれかを選択するしかなかった。退所者は、治療を受けられないことによって、病状を悪化させたり、被らなくてもよい後遺症を受けたりしてしまったこともあるのである。

 さらに、退所者は、入所歴が判明すると、ハンセン病以外の治療を受けようとしても、新法をたてに医者に診てもらえず、社会内での生活に非常な困難が伴ったのである。

 ㈡ 社会復帰支援等の不備・不存在

 ハンセン病患者は、退所後、社会内で孤立・無縁の状況で生活しなければならなかったが、被告は、ハンセン病患者の社会復帰のための支援策を、積極的に推進してこなかった。

 経済的側面に限ってみても、隔離措置により患者は社会との絆を断ち切られ、社会に復帰する際に何ら頼るところのない社会にいわば放り出されるのである。にもかかわらず、被告は退所に当たって、何らの補償を行わないため、患者は経済的に困窮し、かかる困窮に耐えられなくなり再入所をする者もいた。患者給付金も療養所を退所した患者及び在宅患者には支給されておらず、ハンセン病患者の社会復帰のための予算はほとんど使われていなかった。

 ㈢ 以上のとおり、退所は、隔離施設からの離脱にすぎず、差別・偏見・迫害に直接的にさらされることを意味し、居住や就業の確保すらおぼつかない状況に置かれるだけでなく、何らの独自の経済的な保障も受けられず、ハンセン病についてのフォローすら社会内で受けられないということになる。自らが療養所に在園していたことを家族にすら秘匿し続けながら、強いられるこのような生活は、いかなる意味においても社会復帰ではありえず、正に絶対隔離絶滅政策による被害を新たに受け続けることを意味するものである。

 4 隔離による身体的後遺症及び精神的ダメージによる退所者の被害

 ㈠ 身体的後遺症による困難性

 退所者は、後遺症により、就労できる職種が限定されるのみならず、自分の身の回りの世話を含めて様々な社会生活上の不利益を被った。かかる後遺症は、患者作業によるものである。しかも、その後遺症が、療養所在園者歴を察知されることにつながることを恐れて、外出時に手袋を放せないといった形で、毎日の日常生活をも脅かしているのである。

 ㈡ 隔離による精神的ダメージ

 隔離措置を受けた入所者は、隔離後においても強烈な隔離によって引き起こされた心的外傷を負ったまま、これを回復されることなく生活せざるを得なかった。さらに、人間性を阻害する隔離措置により社会生活を営む能力自体にも影響を与える心理的後遺症が、今もなお隔離を受けた者に継続している。

 5 退所後再入所者の数に見る退所後の生活の困難性

 国立療養所年報によれば、軽快退所者が昭和四五年以降急激に減少し、これに対し、再入所者の数が年とともに増加し、この一〇年間において、軽快退所者の一・五倍を超える再入所者が認められる。これは、退所者の置かれた状況が、その生存それ自体を脅かす程に過酷であることを示すものである。一見、自発的に見える再入所も、絶対隔離絶滅政策の個人に対する適用・実現の一形態にすぎない。絶対隔離絶滅政策が退所者に保障する自由は、社会内での被害に耐え続けるか、被害の源泉たる隔離施設に戻るかを選択する自由にすぎない。

 6 したがって、退所者が絶対隔離絶滅政策による甚大且つ深刻な被害を受け続けたというべきことは明らかであり、退所せず在園し続けた原告、退所後再入所した原告、現時点において退所している原告との間に、被害の軽重はないのである。

 五 包括一律請求について

 1 原告らは、いわゆる包括一律請求をなすものである。

 包括請求の正当性については、スモン薬害訴訟、水俣病訴訟及びカネミ油症訴訟等の判決において認められている。

 スモン薬害、水俣病及びカネミ油症における被害と同様、原告らの受けた損害は、極めて多様かつ複合的であって、これら被害が複雑多岐にわたり、かつ相互に影響を及ぼして社会の中で平穏に生活する原告らの権利を奪い、全人格的な破壊をもたらしており、原告らの受けた被害を総体として包括しとらえるのでなければこれを正しくとらえることはできない。原告らは、社会の中で平穏に生活する権利を奪われたことによって日常生活、家庭生活、社会生活ひいては人生に極めて深刻な影響を受けた。正にそのすべてが被害であり、その性質上、個別的に財産的損害として構成することになじみにくいものである。また、その被害も長期間にわたっている。本訴訟で原告らが責任追及の対象としている日本国憲法施行以降でも五〇年以上に及んでいる。このような長期にわたる被害について個別的項目ごとに立証を要求していたのでは迅速な救済に資さないのは明らかである。

 したがって、本訴訟においても包括請求が認められるべきである。

 2 一律請求の正当性

 原告らは、原告らの受けた被害の共通する部分についてその賠償を求めるものである。原告らは、被告のハンセン病患者に対する絶対隔離絶滅政策により各人各様の様々な被害を受け続けてきたが、本訴訟においては、それらのうち、原告らに共通し追及の対象としている ている社会内において平穏に生活する権利を奪われたことによって生じた、健康の破壊、家族関係・家族生活の破壊、社会経済的諸活動の不能による損害について賠償を求めるものである。

 3 以上のとおり、原告らの損害は、総体として包括的にとらえられるべきであり、かつ、共通性、等質性を持っているので、包括一律請求が許されるべきである。

 六 損害額

 1 原告らが受けた被害は計り知れないほど大きい。その損害額を判断するに当たっては、本件加害行為の特質が、国家による犯罪ともいうべき人権蹂躙であるとともに、患者排除システムを構成する形で、加担させられた社会全体の加害責任にもあることにかんがみて、その全体としての加害責任の大きさに照応するものでなければならない。

 また、本件の損害額は、冤罪事件における刑事補償や公害薬害事件における損害賠償の基準と同等以上のものでなければならない。

 以上からすれば、損害額は、一億円を下ることはないというべきである。

 2 本件における弁護士費用は、原告一人につき金一五〇〇万円が相当である。

  (被告の主張)

 第一 請求原因の整理

 一 原告らは、本件において共通損害の賠償を求めているが、この共通損害は共通加害による共通被害に基づくものというのであるから、原告らに対して共通する被害を生じさせた加害行為のみが、共通の加害行為として本件の請求原因となるはずである。

 そして、原告らが主張する共通損害は、①ハンセン病の患者集団を対象とした強制・絶対・終生隔離政策及び絶滅政策、あるいは、政策の根拠となる法律によって、右集団に属する患者全員に共通して発生した損害、②原告ら各人に対する個別の監禁ないし準監禁行為により、原告ら全員が共通して被った損害である。

 二 ①の共通損害について

 ①の共通損害については、次の点に留意すべきである。すなわち、(イ) 政策の具体的執行としての原告ら各人に対する個別的違法行為 (措置) に基づく損害は、共通損害とはならないこと、(ロ) 原告らの入所時期、入所期間、入所の事情、入所の有無などの個別的事情は一切共通損害とは関係ないこと、(ハ) 共通損害としては平成七年当時の政策による損害を基準としてよいこと、(ニ) 沖縄振興開発特別措置法によって認められていた外来治療及び退所制度の存在を前提とした政策ないし法に基づく損害であること、(ホ) 原告らの病型や伝染のおそれは損害の内容に関係がないことである。

 したがって、①の共通損害は、「沖縄地区において、平成七年当時初めてハンセン病と認定された者が、平成八年の新法廃止までに受けた社会の中での被差別感、劣等感等の損害」と等質の損害ということになり、これを生じさせる性質を有する加害行為である「患者集団に対する政策と法の存