Page:EkiToJinsei.djvu/19

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思へるが其獨立自尊といふ言葉を初めて作るが困難である。餘程世の中に熟れた人でなければ出來ないと思ふ。夫であるから平々凡々の中に動かすべからざる格言がある。學問ばかり發達したのでは學問上の理窟は旨くなるが平々凡々の中に廣大無邊の意味を發見するといふ樣なことは出來ない。故に議論の上からいつても相談相手にすべしと思ふけれども夫は人々の思ふ所に依てどうかと思はるゝのであるが自分はさう考へて居る。之は第三段になる。夫から易を何故に處世上道德上の訓戒として相談相手にするか。又座右に置く時はどういふ心持を惹起すかといふことを一言しなければならぬと思ふ。處世上の訓戒例へば朋友と交るとか或は旅行するといふやうなことは之は古へとか今とか時代の變遷に依つて變はるべきものではない。元より朋友間の交際は細かいことになれば違つて居るが心持は異なるやうなことはない。其根本の心持を修養する夫れが周易の好い所