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二十八日。ヲオル夫人を訪ふ。

二十九日。田中正平伯林より至る。

三十日。午餐の際德停府に還らんと欲する意を吿ぐ。客散ずる後ルチウス氏、リイスヘンと余を一室に招き、交る歲を此家に迎へんことを勸む。余初め二十六日を以て德停に歸らんことを期せしに、早く既に八日の淹滯を爲したり。今にして去らずば去る時あらじとおもひぬ。乃ち强ひて別を二婦人に吿げたり。婢エムマ Emma ヘドヰヒ Hedwig 等に至るまで、別を惜まざるなし。ニイデルミユルレル氏、ルチウス氏等と咖啡を喫し、離合の常なきこと坏語りあひ、車を倩ひて發車塲に至る。宮崎津城來り送る。午後六時十五分來責を發し、二時間を經て德停の居に達す。

明治十九年一月一日。零時余大僧院街の旗亭アウセンドルフに在り。「ボオレ」Bowle 酒の杯を擧げて賀正 Prosit Neujahr ! を呼ぶ。卓邊に坐する者は兩ヰルケ、尉官シヨオンブロオト、賈人オツトオ、ライン Otto Rein, 主婦アウセンドルフ氏、其親戚の少女アンナア Anna (綽號ビムス Bims) の六人なり。一時を過ぎて家に歸る。午前九時起ちて咖啡を喫す。遙かに家人の雜煮饌の箸を擧ぐるを想ふなり。昨夜は眠りしもの少き故、萬戶寂寥、全都の人尙夢寐の中に在り。午後二時新正を賀せんが爲めに王宮に赴く。其儀は我邦と殊なること莫し。唯〻アルベルト Albert 王の終始直立して禮を受け、禮を行ふ者王の面前二步の處に進むを異なりとす。又感ず可き者は黃絨に綠白の緣を取りたる「リフレエ」衣 Livrée を着し、濃紫袴を穿きたる宮僮 Lakái なり。階の西側に並立して瞬だにせざるさま石人の如し。八時三十分再び王宮に赴く。所謂「アツサンブレエ」Assemblée なり。先ず紅布を敷きたる石階を陞る。階と廊とは瓦斯燈もて照せり。許多の華麗なる室を過ぐ。一室あり。日本支那の陶器を陳ねて四壁を飾る。總て室內は數千萬の蠟燭もて照せり。來賓の賞牌勳章は其光を反射して人目を眩し、五彩爛然たる號衣 Uniformen は宮女の白衣と相映ず。宮女は胸背の上部を露し、裾の地を拂ふこと孔雀尾の如し。既にして宮僮杖を取りて床を撞くこと丁々聲あり。賓客室の左右に分れ、威儀を正しくして待つ。白髲 Perruecke を戴ける宮隷を摔手とし、アルベルト Albert 王