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慈悲、仁愛は、武士の慘慄なる軍功を美化するの特質なりしことは、亦た此れに由りて知るを得べし。古語に曰く、『窮鳥懷に入る時は、獵夫も之を殺さず』と謂へるが、此一語は彼の特に基督敎徒の事業なりと思惟せられたる赤十字の、我國に其根脚を確立せる所以を說明するものにあらずや。吾人は、ゼネバ同盟條約を耳にするに先だつ數十年、旣に大小說家馬琴よりして、屢ば敵の傷者を醫療するの物語を聞けり。由來武斷の氣質に富み、其訓育に秀でたるを以て聞えし薩藩にては、若殿原の間に音樂を嗜むの風行はれたり。其樂とは、鉦鼓殺伐の聲にも非らず、沙翁の所謂『血と死との囂しき前驅』の吾人を刺勵して、豺狼の行爲を學ばしむるものにもあらず。却つて是れ嘈々切々たる琵琶の音の、