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姿も目のあたり映じて、武夫の强き腕も戰く。再び落ちさせ給へと云ふ、敦盛聽かず。後を顧みれば味方の軍兵雲霞の如くに滿ち〳〵たり。今はよも遁し參らせじ、名も無き人の手に亡はれ給はんより、同じうは直實が手にかけ奉りて後の御孝養をも仕らん、一念彌陀佛、即滅無量罪―大刀一閃、忽ち若武者の血に染みて紅なり。斯て西國の軍鎭まり、熊谷凱陣の日に迨んで、敢て勳功の賞に預らんことを思はず、弓矢の家を出でゝ、桑門に入り、剃髮緇衣、日の入る方の彌陀の淨土を念じ、西方に背を向けじと誓ひつゝ、一所不住の行脚に殘生を託したりとぞ。
評者或は此物語を讀んで、熊谷の行爲を難じ、其の是非曲直を疑ふものあらん。然り、夫れ或は然らん。されど柔和、