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憚かる氣色もなく、庭上にかしこまる、國王此よし叡覽あつて、ばびろにやの御使は御邊にて侍るか、虛空にてんかくをたつべきとの不審は、いかにとのたまへば、承り候とて我屋に歸りぬ、されば此事風聞して、都鄙なんきやうの者共、是をみんとて都に上ぬ、其日にのぞんで、彼きりほをこしらへ庭上へすへ、所はいづくと申ければ、あの邊こそよかんめれと仰ければ、其邊にさしはなす、四つの鳥四所に立て、ひらめきける處に、籠の內より童の聲としてよばはりけるは、此處にてんかくを立ん事や、はやく土と石を運びあがり給へとのゝしりければ、御門をはじめ奉り、月卿雲客女房達に至まで、實理成げにことはりなる返答哉と、呆れ果てぞおはしける、帝此由叡覽有て、いとかしこきはかり事かなとて、いそほを貴給ふ、今日よりして我師たるべしと定めたまふ、

第三 ねたなをいそほに尋ね給ふ不審の事

ねたなを帝王、いそほにとひ給はく、けれしやの國の駒嘶く時、當國のぞうやくはらむ事有、いかんとの給へば、いそほ申けるは、たやすく答がたく候、いか樣にも明日こそ奏すべけれとて、御前をまかり立、いそほ其夜猫を打擲す、所の人是を怪しむ、其故はかの國には天道をしらず、猫をおもてと敬ひける故に、是を奏聞にたつす、帝此よし聞召て、いそほをめし出され、汝何に依て打やとのたまへば、いそほ答云、今夜このねこ我國の鷄を喰ころし候ほどに、扨こそいましめて候へと申ければ、いかで其事有べき、當國と其國そことは遙かに程遠き所なれば、一夜がうちにゆかん事いかにとのたまへば、いそほ申けるは、けれしやの國の駒いな鳴ける時、當國のぞうやくはらむこと有、其ごとく當國の猫、我國の鷄を喰候と申ければ、實もとのたまひけり、

第四 いそほ帝王に答る物語の事

さるほどに、ねたなを國王いそほをかたらひ、よなよな昔今の物語共し給ふ、ある夜いそほ夜ふけて、やゝもすればねぶりがち也、きくわい也、語れと責給へば、いそほ謹で承り、叡聞にとなへて云、近頃ある人千五百疋羊を飼、ある道に川有、其底深くして步にて渡る事かなはず、常に大船を以て是を渡る、ある時俄に歸りけるに、舟をもとむるによしなし、いかんともせんかたなくして、こゝかしこ尋ね行きければ、小舟