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ければ、人々實もと合點して、しやんとにむかひて申されけるは、いそほ申所道理至極也、此上はふだいの事をゆるし給ひ、其子細をいはせ給へかしと申されければ、しやんと少も服膺せず、守護人此よしをきゝて、おしみ給ふ所もことはりなれ共、此子細をきかんにおゐては、何事をかほうずべきや、もし人なくば、かはりをこそ參すべきといひければ、しやんとおしむに及ばず、諒承りやうじやうせらる、さるによつて群集の中におゐて、今より以後、伊曾保は吾ふだいにあらずと申されければ、いそほ重て申けるは、此頃心ちあしき事ありて、聲高く出し給ふべからず、聲よき人に仰せて、ふだいのところを赦免と高くよばらせ給へと望ければ、いそほが云ごとくよばはりける、やゝあつて、いそほ高座の上よりいひけるは、鷲、守護のゆびかねをうばひ候事、鷲は諸鳥の王たり、守護は王に勝ことなし、いか樣にも他國の王より、此國の守護を進退しんだいせさせたまふべきやといひける、

第十りいひやの國より勅使の事

さるほどに、いそほが申せしごとく、りいひやの國王けれそと申帝より、さんに勅使を立給ふ、其所より年每に御調物を奉るべし、然らずば武士に仰て責ほろぼさせ給ふべしとの勅諚也、それに依て、地下の年寄以下評定し給ひけるは、其責をかうぶらんよりは、しかじ其調物を奉るべしと也、さりながらいそほに尋よとて、此由をかたりければ、いそほ申けるは、それ人の習、望を自由にをかんも、人にしたがはんも、ただ其望に任する物也と云ければ、實もとて勅諚に背かず、勅使歸て此よしを奏聞す、みかど其ゆへをとはせたまふに、勅使申けるは、彼所にいそほと云者有、才智世にすぐれ、思案人にこえたり、此所をしたがへんにおゐては、まづ此ものをめしをかるべしと申ければ、尤と叡感あつて、かさねてさんに勅使を下さる、御調物をばゆるし給ふべし、いそほをみかどへ參らせよとの勅諚也、地下の人々訴せうして云、さらばいそほをまいらせんと也、いそほ此よしを聞て、たとへを以て云けるは、むかし狼一つの羊を服せんとす、羊此よしをさとつて、あまたの犬を引かたろふ、これに〈より脫カ〉狼羊をおかす事なし、狼の略に、今よりして羊をおかす事あるべからず、犬をわれにあたへよと云、羊さらばとて、犬を狼につかはす、狼先此犬を亡