Page:Arai hakuseki zenshu 4.djvu/815

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圖を指示て、これ豐後の大名の子の、法を受くる圖也といふ、但し豐後の屋形、其使等の姓名を問ふに、其姓名は、つたはらずといふ、〈コンパニヤジヨセフが說に、むかし、豐後國に、鬼怪ある家あり、ポルトガル人の來れるを、かしこに按置す、ポルトガル人、其壁上にクルスをかきしに、そのゝちは彼怪やみぬ、國司此事をきゝて、不思議の事に思へり、一年を經し後に、フランシスコシヤヒヱル來りしかば、國司やがて、其法をうけしといふ、そのフランシスコシヤヒヱルといふは、ポルトガルの語なり、ラテンの語にフランシスクスサベイリウスといふ、これ也、クルスは、十字也、又ジヨセフが說に、此師の、神に通ぜし事共を、しるせし所多し、西人の說も、またそれに似たる事共あり、其說皆これ古の神僧の事など、いひ傳へし所のごとくにして、ことく信ずべからず、されば、こゝにしるさず、その中、ゴアに此師の尸を、葬斂めし棺あり、水晶をもて作りしかば、この形あらはれ見ゆるに、なをいける人のごとしといふ、此事をもて、ヲヽランド人に問ふに、人すでに死しぬ、其形やぶれざる事を得ず、もし其說のごとくならむには、必是藥物のしからしむる也といふ、この言、誠に然也、萬國坤興圖を按ずるに、カラヒヤアの地に、一藥、名パルラを產す、塗尸不敗、またペルウの地、パルサモ樹を產す、其油塗尸不敗といふ、さらば、彼方、古より尸に塗りて敗れざらしむるの物あり、また大西人に、ヱウロパ地方、幻術ありて、種々其神怪を示す事ありといふ、其事ありやととふに、其術ある事を聞かず、デウス時々人間に降る事あり、また古の化人、種々神通を現せし事も、すくなからず、また符咒等の法ありて、其效驗ある事よのつね也、我こゝに來たらむとして、カナアリアに至りし時、其所鬼怪の事ありて、我に請ふ、我すなはち符をあたへて、たち所にこれをとゞめぬ、卽今もこれらの事あらむには、其事を試られば、我言の誣ざる事はしり給ふべしといふ、また此事をも、ヲヽランド人に問ひしに、エウロパ地方彼敎ヲ尊信する所には、かならず、木を以てクルス作りて、閭門にたつ、またクルスを小しく作りて、各家の上にたつ、またアンニエスといひて、白蠟にて、羊子の類のものゝ、右の手に、クルスかきし旌もちしを造りて、常に身にしたがへ、また凡そ人に遇ふに、右手の大指を以て、クルスを、己が額と唇と胸とにしるす、これ天雷、鬼神、諸〻の災難をまぬかるべきの法也といふ、其說のごとくに、デウスよく萬物をつくりて、人を利生せんには、これら攘災の法を、人にをしへんよりは、其天雷鬼神等を、造り出さゞらむには、しくべからず、またそのカナアリアの事は、島中の人、ことく鬼物也、これはフランスヤにして、兇惡のもの〻、死刑に至らぬを、流し竄くる所なるが故也、ヨヤンもし鬼をエキするの術あらむには、みづから獄中に苦しむ事を、まぬかる〻にはしくべからずやといひて、わらひたりき、いにしへより、キリステヤンの徒、其法を說くもの、鬼物の事をば、天狗といふ、西人の語もまたしかり、これ我俗のことばによりて其說をなす事と聞えたり、〉

大明の萬曆年聞、始に天主の敎を倡ひし大西洋の人、利瑪竇が事を問ひしに、答ふる所なし、ふたゝびとふに我いまだ其事を詳にせずといふ、

按ずるに、フランシスクスサベイリウスがごときは、いにしへより此かた、こゝに至れる大西の人、其事を說ざるものはあらず、彼利子がごときも、明季諸儒の言に據るに、凡大西の人にありて、其人を知らずといふ者なかるべし、しかるにいまだ其事におよびしものはあらず、心得られず、後に新刻大藏の闢邪集を見るに、利子はヒアンシヤンアウに近き小國に生れしと見えて、其事跡もまた詳也、またヲヽランド人の說を聞くに、ヱイズスの徒、諸國にゆきて共幼敏のものを見ては、多方にして其國にひきゐ來りて、これを敎育し、學既に通じぬれば、をの