Page:Arai hakuseki zenshu 4.djvu/809

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萬國坤興圖に、此方ベツルウ國、產香、名パルサモ、樹上生ずる初、刀を以て劃之油出、塗尸不敗といふ、すなはちこれ西洋地方より出る所パルサモといふもの、此樹油也、ヲヽランド人に此物を產する地を問ふに、ベールイヒヤノムといふ、漢にベツルウと譯せし所にして、パルサモ、すなはちパルサモ也、

當時エウロパ地方、ことく戰國となりし事は、初イスパニヤの君、名はイノセンチウストーデーシムス、嗣とすべき子なし國人は、ゼルマアニヤの君の第二の子、名はカアロルス、テルチウス、かならず其嗣となるべしとおもひたり、これは、ゼルマアニヤは、此方の大國にして、しかも其君の子はイスパニヤの君の外姪なるが故也、〈イノセンチウスは、イスパニヤの君の名也、トーデーシムスは、こゝに十二世といふがごとく、其國の大祖より、十二代にあたれる君なるを、かく稱するは、此方の俗也、カアロルスは、ゼルマアニヤの君の子の名也、テルチウスは、こゝに第二子といふがごとし、〉十年前におよびて、〈本朝元祿十三年庚辰なり、〉イスパニヤの君、死する時に至て、其嗣いまだ定まらず、其親戚群臣に遺令して、一封の書をとゞめ、我死せば此書を捧げて、天主像前に至て、披らき見よ、我嗣の事は、これにしるせりといふ、國人基書を捧げて、ローマンに至て、天主の像前にして披き見るに、フランスヤの君の孫、名は、ピリイフス、クイントスを以て、嗣とすべしとしるしぬ、〈クイントスは、こゝに第五子といふがごとし、フランスヤの君の嗣子の第五の子也、〉人皆驚きて、敢て言を發せず、されど、其君の命ぜし所なれば、敢てたがふべからず、フランスヤの君の孫をむかへて、君として、其冠をわたす、〈世を繼て、位につく時に、先世より相傳し所の冠をかうふる事、此方の禮也といふ、〉ゼルマアニヤの君悅びずして、其第二子を納むとす、ローマンのホンテヘキスマキスイムス、トーデーシムス、〈ホンテヘキスマキスイムス、こゝに最第一無上等といふがごとし、これ此方敎化之主の號也、トーデーシムス、これも其祖より第十二世なり、〉ゼルマアニヤ、フランスヤの君に說きて、相平がしむるに、ゼルマアニヤの君、其言を用ゐず、つゐにレヲポルースをして、水軍四萬の將として、〈レヲポルースは、其將軍の名、〉其子をイスパニヤに納る、其國のホルトス、ことく皆兵を發して、これにしたがふ、〈ホルトスは、その屬國の君號なり、〉イスパニヤ人、兵三萬を發し、フランスヤの君、援兵四萬を發し、すべて水軍七萬、これをふせぐ、ヲヽランド人、アンゲルア人、ゼルマアニヤをたすけて、兵を發す、イスパニヤ、フランスヤ等の與國も、またをの