Page:Arai hakuseki zenshu 4.djvu/808

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ノーワ、フランスヤ、〈漢に譯して、新拂郞察といふ、〉ノヲルトアメリカ東北の地にあり、其地甚濶し、これまたフランスヤ人倂せ得て、新たに國を開きし所也といふ、

按ずるに、此方の地、極めて濶く、其俗、木石と共に居り、鳥獸と共に羣す、エウロパ地方の國々、その地を倂せて、新たに國を開きし多し、ノーワイスパニヤ、ノーワフランサ等の外に、ノーワ、カラナヽタ〈カラナヽタ、漢譯いまだ詳ならず、其本國は、エウロパ地方、イスパニヤの南、地中海の上にあるなり、〉、ノーワ、アンタルシア、〈アンタルシア、漢にアヌタルシイヤアといふ也、本國は、エウロパ地方、カラナヽタの西(イスパニヤ、ポルトガルの西南なり)にあるなり、〉のごとき、皆これ也、ヲヽランド人の說に、アメリカの地、六七月の比、麥を收むといふ、しかれども、各國の風土物產等、いまだことく詳ならず、

ソイデ、アメリカ諸國、

バラシリヤ、〈パラシリヤともいふ、漢にベツシイルと譯す、卽此、〉ソイデアメリカ東方の地なり、其地極めて荒濶にして、東南北の方、ことく皆海に至る、其俗、木に棲み、穴に居て、好みて人を食へり、其北海の中、セントへンセントといふ小島は、タンバコを出す所也といふ、〈セントへンセント、漢譯未詳、タンバコは、漢にダヌパクーダヌボヲクーダヌバクー等の譯あり、すなはち、これ烟草也、〉

按ずるに、祕府にエウロパのクラントあり、ヲヽランド人、此國人と戰ひ、勝ちし事を、しるせし見ゆ、其注する所に、據るに、ヱイズスの敎、此地方にも行はれし也、〈クラントは、ヱウロパの俗に、凡そ事ある時は、其事を圖注して、鏤板して、世に行うもの也、〉

萬國坤興國に據るに、南亞墨利加、パタウンの地は、長人國也と注せり、ヲヽランド人に此事を問ふに、むかし、本國の人、此方の南海を過ぎしに、そのパタゴーラスの地に至て、人をして小舟に駕し、水口より泝りて、其地を見せしむ、久しくして歸らず、海岸にのぼりて、はるかに望むに、荒濶にして、見る所なく、たゞ沙頭に、大きなる屋の內に、火を燒きし跡ありて、其邊に人の足跡あるが、よのつねの人の足、二つを合せしほどにて、兩足相去れる間も、これにかなへり、此故に、此地の人、長大なる事をば推し知れり、始つかはせし人も、つゐに歸る事を得ず、又此地の人を見しにもあらずといふ、其パタゴーラス、すなはち漢にパタウンと譯せし所也、また