Page:Arai hakuseki zenshu 4.djvu/795

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に、メツワアラツ二イキヤの一州を加へて、六大州とす、其說に、メツワアラニイ、係拂郞機國人姓名、前六十年、始過此峽、幷至此地、故歐邏巴士、以其姓名、名峽、名海、名地といふ、其墨瓦蠟といふは、卽是マゴラのバンヰン轉じ訛れるにて、亦謬りてヲヽランド人を、以て、拂郞機國人となせし也、されど、阿蘭陀鏤板圖には、南方一帶の地は、いまだ詳ならずして、其地名をたてしにもあらず、また萬國坤輿圖說に、南北亞墨利加、全爲四海圍、南北以微地相聯といふ、今阿蘭陀鏤板圖に據るに、北亞墨利加、其西北の地方、いまだ詳ならずとす、强て其說を作るべからず

ヱウロパ諸國、〈諸國、ことごとくしるすに堪ず、たゞ西人の說にあづかれる事を略記す、餘これに倣ふ、〉

イタアリヤ〈漢譯はイタリヤア、またイタレヤアといふ〉ヱウロパの南地、地中海上にあり、其國都をローマンといふ、〈ヲヽランドの語に、ローマといふ也、漢に譯してローマアコといふ、〉此方敎化之主、都する所にして、周圍僅に十八里、居るもの七十萬人に及ぶ、其俗機巧にして、器を制する事、極めて工緻也、其敎化之主は專らデウスの敎を掌る、軍國の事に至ては、各地ドウクスありて、これを掌る、〈ドウクスは、酋長也、詳なることは、下に見ゆ、〉其地中海に、コラアリウム、ルウブリイを生ずといふ、〈赤珊瑚樹也、其樹もつとも長しといふ、〉

シシーリア〈漢譯スイツイリヤアといふ、我俗にシシリヤといひし卽此、〉ヱウロパ極南、地中海の一島也、此島二山あり、一山は、常に火を出し、一山は、常に烟を出して、晝夜絕ずといふ、

按ずるに、本朝寬永年間、こゝに來る耶蘇の徒に、コンパニヤ、ジヨセフといひしは、此國の人なりといふ、〈ジヨセフ、後は正に歸して、字を岡本三右衞門といひし也、〉

ポルトガル、〈〔國都名リサボン又リスボン〕漢に譯してホウルトワアルといひ、またホウロトヲキヤルといひ、またブリトキヤアといふ、むかし我俗ホルトギスとも、ブルトガルともいひ、また南蠻といひしは卽此、〉ヱウロパ西南海上の地にあり、此國、番貨を海外諸國に通じて、つゐにアジア地方、ゴア、マカーヲ、マロカ等の地に、其人をわかち置て、互市の事を掌らしむといふ、〈ゴアは、我俗にゴワといひ、マカーヲは、我俗にアマカワといふ、マロカ、またマテヤといふ、詳なる事は、下に見ゆ、〉西洋の番舶、我國に通ぜし事、此國をもて始とす、又天主之法東漸せし事も、此國の通ぜしによれる也、

按ずるに、ポルトガル人、初に豐後國に來れる事は、天文十年七月也、其後、薩摩國に來れるは、天文十二年八月也、慶長元和之間、歲々に來聘せしゴワ