Page:Arai hakuseki zenshu 4.djvu/781

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誰々もしり候ひぬ、またカステイラと申すは、イタリヤなど聞えし地に近き國にて、むかし、其國にて作り出せし菓子の、此土に傳へし物は、今も候なる、これらの事は、なども其名を聞覺候ものを、其地方の人の心得がたきと申す事、尤心得がたく候歟と申す、申す所其謂ありと仰下されたりき、かくて、彼人は、法にまかせて刑せらるべしなど聞えし程に、其年も暮て、明れば六年己丑の正月十日に、國喪の御事ありて、それらの事も聞えず、此年もまた暮むとするに、十一月の初に至て、去年の冬、大隅國に來りとゞまれる外國の人、近き程にこゝに來るべし、其事の由を尋問ふべきもの也と、仰下さる、また去年長崎の奉行所注進の狀をも、うつし出されたり、これは、彼來りし由いまだ詳ならず、某が申せし事ありしによりて、某して尋問しめられんために、めされしとぞ聞えし、我國のことばのみならましかは、いかにも聞得べし、思ふに、地方人名、または其敎法等の事に至ては、其方言ぞ多かるべき、此法禁の巖なるによりて、阿蘭陀等の國の通事などいふものも、猶さとし得ぬ所ありと聞えたれは、此事に至ては、きはめて難事也、此事、奉行の許には其こと葉など飜譯のものありぬとおもひしかば、しかる物のあらむには、借し賜るべき由を申す、其事執政の人々に仰下されしかば、奉行の許より書三册を進らす、借し下されて、これを見るに、其敎法の大要など見えて、其こと葉を譯せし事はあらず、されど、其中一二の用にあたれる所なきにしもあらず、かくて、彼人こゝに至れりと聞えて、同月の廿二日に奉行所にして召對すべきに及びて、前の日奉行の人々にあひて、其事を約す、〈橫田備中守柳澤八郞衞門〉其日巳の時過るほどに、かしこにゆきむかふ、〈きりしたむ屋敷といふ城北小石川にあり〉奉行の人々出合ひて、かれが携來りし物どもを見る、我國にて新たに製られし金錢等の物見えて、また法衣也といふものゝ、白布にて作れるを、よく見るに、そのうらの方に、我國の南都にて織出す布の朱印ある也、奉行の人々にも見せ、其餘のものにも見せしに、うたがふべくもあらずといふ、心得ぬ事に思ひしほどに物ども皆見はてゝ、長崎より差副てつかはせし通事のものどもを召す、〈大通事今村源右衞門英成、稽古通事は品川兵次郞、嘉福喜藏といふ、此二人の名は聞かず〉某、彼輩にむかひて、むかしナンバンの人、長崎にありし時は、其國の通事等あり、其法禁ぜられ