アイヌの美術といへば、男子の彫刻と、女子の刺繡との二つを擧げざるべからず。此の二つは、幼稚なるアイヌとしては、比較的巧みなるものとして、世に持て囃されつゝあるなり。
彫刻は主もに木盆・髭揚・煙草入・小刀の鞘等に之れを施せり。此の場合別に下圖を造るにあらず、總べて心の中にて仕組を立て、粗末なる小刀一本にて、如何なるものをも彫刻す。近年は名高き彫刻者も聞かざれども、昔時の彫刻の中には、往々立派なる手際を顯はしたるものあり。模樣は普通に見る通り、略ぼ定りたる形式なれども、稀れには他に類なき動物など彫刻したるものを見る。