刺繡は主もに衣服に施せり。之れも亦別に下圖を造るにあらず、心の中に仕組を爲して、針一本にて縫ふなり。一寸之れを見れば、其の縫模樣は大抵一定の式に據りたるものにて、區別を爲し難しと雖も、村々により、又男と女とによりて、夫れ〴〵差別あり。凡そ刺繡は婦女の最もたしなむ業にして殊に夫の晴れ着には、念にも念を入れて之れを施し、夫も亦其の美しきを以て人に誇るなり。
以上記したる如く、アイヌの工藝は幼稚なりと雖も、亦それ相應に技巧あり、美術あるを知るべし。されば適當の方法を以て、之れを敎育指導せんには、何れの技藝に向つても發達進步せんこと疑なし。是れ亦江湖の諸賢が、厚き同情を以て、助力を爲し給はんこと、筆者の切に祈る所なり。