大悲の真実知恵より。無量清浄不思議の境を巧み顕せる御事なれば。いかで汝が語りもつくさん。さて此方へは何として帰りけるぞと問ければ。菊答へていわく。去ば先の一人の御僧。我に仰せらるゝは。汝はいまだ爰へ來るものにはあらねども。异成故有てかりに此所へきたれり。今よりしやばに帰りなば。名を妙槃と付ひて魚鳥を喰はで。よく念佛申しかさねてこゝに來よ。此外あまたおもしろき所どもを見せなんぞ。かまへて本の在所に行き。こゝの事めたと人にかたるなとてじゆず一れんと錢百文とをくれられ。門の外へおくり出されし時。彼かさね此度は引かへ。うつくしき姿となり色よき小袖をきて。我に向ひ。かす〳〵に礼をのべて云やうわらわがかほどの位に成事。ひとへに汝がとくによれり今は汝を本の在所へ帰すなり。是よりさきは地獄海道にして。世におそろしき道すがらぞ。かまへてわきひらを見るな。物をいふ事なかれ。そこを過れば。白き道有。それまでは我おくるぞとて。あたりを見れば類ひなくけつかう成装束したる人。六人有が。御經かたひらをうりて居られしを一衣かいとり。是をかさねが我身に打はをり。そのわきに我をかいこみ。かならず目をふたぎ。いきをもあらくなせそといふて。足ばやに過る時わらわが思ふやう。いか成事やらん見てまし物をと